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Focus on Globalization - 地球の視野で考える -
対立的価値の創造をめざして
2007年5月19日 leadingに「京都グローバリゼーション研究所通信(第2号、2007年5月)」を追加
2006年12月4日 leadingに「資源問題と民主主義」を追加
2006年11月5日 leadingに「京都グローバリゼーション研究所通信(第1号、2006年9月)」を追加
2006年9月3日 leadingに「地域環境政策論講義概要」を追加
2006年5月13日 about usに「京都グローバリゼーション研究所設立にあたって」を追加
2006年5月13日 Today's terminologyに【チンディア(Chindia)】を追加
2005年5月22日 Today's terminologyに【CSR -3-】を追加
2005年3月21日 review & essayに【現代経済学批判ノート】を追加

Today's terminology 2006年6月13日更新
【チンディア(Chindia)】
 チンディア(Chindia)という用語が目につくようになった。近年急速に経済成長する中国(China)とインド(India)の二大人口大国を表現する新造語である。BRICsという用語もこの種の用語として用いられる。ブラジル(Brasil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)を総称するコンセプトである。後者のコンセプトはどちらかといえば今後の世界経済に占める潜勢力の表現であったように思われる。これに対し、チンディアは先進諸国に対する差し迫った現実的脅威を反映している。
 低賃金を基礎にしたこれらの国の製造業、IT産業の競争力に対抗するのは先進国にとって至難の業であろう。生活水準の引き下げと社会国家的成果の集積を大胆に削減することができないとすれば、資源節約型、知識集約型産業構造への転換によって競争力を維持する以外に方策はない。その方向に誘導するためには、地球環境破壊、資源浪費を促進する工業的発展を抑制するための国際協定や、地球環境保全の視点からのWTOの見直しも必要であろう。そのような努力が先進国側のイニシアチブで展開されなければ、諸国間の平和共存も地球の未来も考えられないのではないか。
 社会国家的成果を「改革」と称して削減し、「格差」拡大を是認してはばからない日本的な対応に未来がないことも、いずれ明らかになるだろう。

【CSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)-3-】
 2005年4月25日にJR福知山線尼崎駅付近で起きた脱線事故は100人を超える死者を含む多くの犠牲者を出した痛ましい事件として記憶され続けるに違いない。同時に、日本を代表する企業の一つが「企業の社会的責任」をどのように認識し、実践しているかを如実に示した事件としても記憶されるであろう。
 「民営化」を推進した人々は、経済効率優先の経営をやっても、「公共性」は損なわれないと主張した筈だ。国鉄の分割民営化が実現したものは何か。公共性の蹂躙であった。不採算部門の切捨てによって多くの市民の足を奪っただけでなく、多くの生命さえ奪ったのである。民営化がもたらしたものを今あらためて確認し、民営化された企業に顧客である乗客、地域住民、死亡した運転士に代表される労働者との安定した関係の構築を求め、「企業の社会的責任」を制度的に保障するシステムを構築しなければならない。事後的に技術的改善策を提示し、限られた責任者を処罰するだけに終わらせてはならない。

【CSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)-2-】
なぜ慌ただしく理念武装が始まったのか。
国際標準化機構(ISO)が社会的責任について認証制度を準備し始めているからだ。
ISO14001のような国 際規格が実現すると、その取得如何によって、企業の評価と社会的責任投資の動向が大きな影響を受ける。
社会的責任とは本来、企業と社会諸集団との間の緊張 関係の表現である。
イニシアチブを握っているのは企業ではない。
社会の側である。地球環境保全を求める市民の企業批判があるからこそ、企業責任が明確に求 められるのである。
企業批判を敵視し、「顧客満足度」などという実態のない物差しか持たない企業に「社会的責任」など理解できる筈がない。
最近、ステーク ホルダー(利害関係者)満足度という表現にお目にかかることがある。
市民側の企業批判を定量化できるというのだ。
それとも自分に都合の良いステークホル ダーを育成するというのだろうか。
求められているのは、企業経営が率先して市民的次元の理念を超える独自の理念を提示する姿勢ではないのだろうか。

【CSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)-1-】
CSRというコンセプトを頻繁に見かけるようになった。
「企業の社会的責任」のことである。
経済界あげてのシュプレヒコールは、相次ぐ経営不祥事の現実を見ていると虚ろに響く。不祥事発覚の際の経営者の対応には「責任」の理念などみじんも感じられないからだ。
プロ野球の最近の騒動でも同じである。
合併や参入承認は経営権の問題だと強弁して外からの批判や提言を一蹴し、文化や地域貢献を無視するオーナーに「社会的責任」を標榜する資格はない。
経営者たちは大学でそんなことを学んでもこなかったし、その後の彼らの人生体験を通じて確たる社会的倫理を身につけたとは考えにくい。
ごく最近まで社会的責任とは何かと問われれば、日本の経営者のほとんどは市場に安価で良質の製品を提供すること、株主に安定した配当を保障すること以外にはないと答えていた。
社会や市民の声に謙虚に耳を傾ける態度にも欠けていた。
大企業の社長は帝王のごとく振る舞っていた。
だから、CSRに関する理念武装が付け焼き刃であることは見え見えなのだ。

【南北問題(North-South problem)】
1959年にロイズ銀行会長O・フランクスが東西関係とともに自由世界が取り組むべき重要課題と提起して以来、「南」後進世界を「北」先進世界の体制に安定的に取り込むことが、先進世界の最重要戦略となった。
その内容も形態も時代とともに急速な変貌をとげてきた。
地球環境危機と人口爆発の21世紀に、「北」の生活様式で地球を覆い尽くすことなど不可能である。
その帰結は破局以外の何ものでもないからだ。
「南」の生活向上要求に抗して「北」はその権益をまもるために要塞化していくのだろうか。
それとも、人類生存を賭けた新しい生活様式を実現するために「南」「北」が学び合う関係に移行していくのだろうか。
「学び合い」こそが21世紀にふさわしい真の南北関係だと思うのだが。

【シャンぺングラス(champagne-glass)】
酒器がなぜ社会科学の用語になるのか。
誰が一番先に言い出したのかはわからないが、国連開発計画(UNDP)が1992年の『人間開発報告』で使った有名な図がそっくりなのだ。
GDP,貿易等の経済活動の約80%を世界人口の20%が占有している不平等がシャンペングラスの形で示される。
グローバリゼーションの限界を見事に視覚的に示してくれる。
講義を聴く学生には、他のことは忘れても「シャンペングラス」は忘れるなといつも教えることにしている。

【セーフティネット(safety net)】
サーカスの芸人たちのために張られる「安全網」の意味の表現が金融制度に転用され、今では雇用対策の意味にも使わている。
私はこの表現を使うことを好まない。実質10パーセントを超える失業者、グローバル市場に引き寄せられて貧窮に喘ぐ第三世界の人びとをすくい取る安全網などある筈がない。
しかも彼らは失敗したのではない。
何の咎もなく技術にも品性にも落ち度もないのに、市場から突き落とされたのだ。
連帯観をふまえた新しい表現が求められている。

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