2010年8月13日(入院日記抄)

 今日の検査、心臓の血流をみるIMP血流シンチ。

 栄養指導の会。

 開腹手術記念日

 今日は私の大腸癌開腹手術記念日である。

 9年前、人間ドックで直径2センチメートルのポリープがS状結腸と直腸の間あたりに発見され、癌化していると宣告された。転移の確率は20パーセント程度と言われたと記憶するが、即座に手術を決断した。

 執刀医と面談して手術の同意を求められたときのことだ。あなたは肥っているから合併症の可能性が大きいとして数十もの病名を告げられた。自分の放縦の生活が作り出した結果なのだから、やむを得ないことだと思った。厳しい宣告を下した執刀医も肥満していた。「そういう私も肥満ですがね」、これが彼の口癖だった。

 手術は無事に終わった。その頃麻酔医不足によるトラブルが相次いで報じられていたが、なにごともなく麻酔から目覚めた。手術室から無事に生還して五山の送り火を病院の窓から眺めたいという願いは達せられた。痛む傷口を押さえながら見た送り火は美しかった。私は送り火に送られることなく生きてその美しさを体験できた。

 午後、近くの西本願寺(正確には浄土真宗本願寺派本山)に散策に出かけた。七条大宮でバスを降り、龍谷大学大宮学者を抜けて西北の門から境内にはいる。

R0010961.JPG 龍谷大学大宮学舎は明治初年の建造で守衛室を含めて重要文化財に指定されている。日本の大学建築としては屈指の美しさである。このあたりには西本願寺系の教育施設が集中している。

 西北の門は何という門だろう。格の高い大名屋敷の門を思わせる。京都を訪れる人々のほとんどは下京区一帯が東西本願寺の寺内町であったことを知らないだろう。寺内町とは本願寺の信徒、いわゆる門徒がつくりあげた宗教的自治都市R0010967.JPGである。町の中心には集会所を兼ねた寺があり、堀を巡らし、敵の襲撃にそなえて町割りがされている。奈良県橿原市の今井町、大阪府の富田林市に見事な遺構が残されている。その時々の権力者は門徒の抵抗力を恐れたのであろう。両本願寺の堀と土塀を構えた風景をみるとその勢力の大きさを痛感する。このあたりを散策するといつも新しい発見があって楽しい。

 

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このページは、kitanihitoが2010年8月21日 09:34に書いたブログ記事です。

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