2010年8月14日(入院日記抄)

 今日は検査がないので朝食後帰宅。

 ベットに縛り付けられて見上げる天井の心象風景

  天井を凝視するなど病気になるまで体験したことがなかった。9年前の大腸癌手術の時が病室から手術室に向かう過程で強いられた天井の景色は廊下、エレベーター、手術室、手術台とめまぐるしく変化した。

R0010973.JPG  麻酔から目が覚めたのは種実室の中の一室だったが、天井の景色は麻酔の影響かゆがんでいた。寝返りを打てないから天井を凝視するしかない。病室の天井は無機質で単調なパネルの羅列で面白みがないものであった。同じパターンのパターンが同じ方向に並べられていえるだけだ。天井の風景はしみ一つを発見しても想像力をかき立てられおもしろいものだ。天井が高く遠いとそれの反比例して空想は広がる。それにしても病室の天井はなんと無味乾燥なものなのだろう。

 2年前某病院で検査を受けた部屋の天井は薄暗く煤けていた。担当した医師の技術の未熟さもあり、私は不安になっていた。痛みをこらえて凝視する天井の汚れは不安を増幅させた。この病院での検査の際のことだ。台に固定されて検査が始まると、顔の真上の天井は排気口だった。これいやですねえと言うと、検査技師いわく、これは空気の吸い込み口ですからゴミがおちてくる心配はありませんよ、それにいつも掃除をしっかりやっていますから。しかし見ようによってはその内部の様子は不気味にも思えた。

 病院の天井をこんな気持ちで眺めている人もいる。それとも私は異常なのだろうか。

 

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このページは、kitanihitoが2010年8月22日 10:03に書いたブログ記事です。

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