2011年5月17日ー大震災から2ヶ月が過ぎてー

 あの日テレビに電源を入れた時に最初に写った映像、名取川にそって津波が仙台平野を進む様を上空から写した光景は、2ヶ月が過ぎた今でも思い出して、その下で発生しつつあった数え切れない生死の岐路を思い、私は気が沈む。行方不明者がまだ1万人もあるという。罹災者のほとんどが家族や親族を失い、生活の見通しも立たず、喪失感に呆然としている人たちにいったいどのような形で「共感」を示したらよいのだろうか。
 私はいまだにその手立てを見つけられずにいる。復興だ再生だと騒ぎ回ることよりも、ささやかでも被災者の心情に「共感」を示す行為がもっと必要ではないだろうか。すでに高齢者である私には現地にでかけてボランティアとして活動する力はない。岩手、宮城、福島の友人たちにどのように声をかけたらよいの考えあぐねている。
 それにしても「日本」「日本人」を連発する最近の支援の呼びかけは承伏しかねる。日本人だから支援するのではない。人間としての「共感」からなのだ。世界中どの国の災害支援につても人間的「共感」が出発点でなければならないと思う。
 日本人としての絆を言うなら、原発大災害の責任者たちはその中に加えてほしくないものだ。原発を推進し根拠もないのに「安全だ、安全だ」とだまし続けた政治家、官僚、財界人、御用学者の癒着集団、事故にうろたえ対応に遅れをとった輩、それでもなお情報を隠す輩は到底許されない。
  

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このページは、kitanihitoが2011年3月22日 09:18に書いたブログ記事です。

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