2011年6月9日ー京大病院眼科入院の記録(4)ー

【教授回診】

  大学病院を象徴する典型的な風景をあげよと問われるなら、私は迷うとなく教授回診をあげる。いくつかの理由がある。
  山崎豊子の小説『白い巨塔』を思い出す。山本薩夫が監督して映画化されたが、そこに登場する教授回診の場面が強く印象に残っている。あのころは回診は教授の権威と教授を頂点とする医局の職階制を誇示するパレードのようなもんだった。
 この教授回診に私は長い人生の中で一度だけ遭遇したことがある。それは生涯忘れられぬ屈辱の思いにとらわれての体験であった。私が23歳の時のことだ。58歳の父は末期の胃癌と診断され、札幌医科大学で手術を受けることになった。市内の系列病院でさんざん待たされての入院だった。道東の小さなまちからなんとかここでの治療に到達できたわたしどもにとっては文字通り藁にもすがるおみであった。当時の大学病院では家族の病室での看護は常態化していたと思う。市内の旅館に宿泊する(しかも長期にわたって)経済的余裕もなく病室でベッドのかたわらにござや毛布を敷いて寝泊まりした。そのような家族はわたしどもだけではなかったと思う。当時の大部屋はベッドは10以上あったと思う。
 教授回診の日になると、付き添いの家族たちはすべて追い出された。いうならば回診前の「大掃除」だった。廊下に立つ私どもの前を教授を先頭にした集団が通り過ぎていった。教授の名前も執刀した助教授の名前も忘れてしまったが、現実にある看護の姿を全否定して入室するこの状況はいまでも脳裏に焼き付いている。
 医局解体が叫ばれた大学紛争、さまざまな制度改革を経てどのように変わったのだろうか。屈辱感を感じた私自身も大学に半世紀も籍を置き、教育・研修施設としての大学病院のあり方をある程度は理解せざるを得ない立場にもなったが、今回も患者の権利に関わっては依然としていくばくかの違和感を感ぜざるを得ない体験ではあった。

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このページは、kitanihitoが2011年6月 7日 21:43に書いたブログ記事です。

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