2012年3月アーカイブ

2012年3月27日ー減量作戦、減量宣言ー

 脚に負担をかけないためにはもう少し減量しなければならないと思っている。それに現在の体重のままでは、車椅子に乗らなければならない事態になったとき、介護者に迷惑をかけることは必定である。このことを話すと、お元気そうなのに考えすぎではありませんかと笑われる。しかしいつ何が起こるかわからないのが、後期高齢者の常である。「転ばぬ先の杖」というではないか。
 減量について主治医に話したところ、京都の高尾病院理事長の江部康二医師が提唱する糖質制限ダイエットを教えてくれた。さっそくネットで調べると、江部医師とその支持者たちの著作はどれがよいのか判断に困るほど無数にある。とりあえず最新の著作を買い求めた。
 江部康二『腹いっぱい食べて楽々痩せる「満腹ダイエット」−肉を食べても酒を飲んでも運動しなくても確実に痩せる!ー』(ソフトバンク新書164、2011年6月)が教えるところは、糖質を多く含む食品や料理を徹底的に遠ざけるという方法である。私もこの方法に似たやり方で減量を実現したことがある。ところが数年も立たぬうちに元に戻ってしまった。原因ははっきりしている。活力があるのでどうしても不規則な暮らしになる。外国出張があろうものなら、一挙に数キロは増えた。
 昔ほどの状況ではないけれども、宴会やパーティ、旅行等の規則正しい生活を攪乱する要素は多い。また失敗するかもしれないという不安はある。この一年の病気で体重はかなり減り、現在は50歳代の体重というところだろう。もう一回りの努力で40歳代の体型を実現すると決意して、糖質を多く含む食材を可能な限り回避する計画を立て、実行を宣言した。
 江部医師の主張で一番気がかりな点は、糖質を摂らなくても脳には十分なエネルギーが供給されるという主張である。糖質を摂らなくても脂質代謝が促進されて脳は活性化するという。上述の書物でもこの点の論証にかなりのページが割かれているから、おそらくこの問題が学会で最も論議を呼んでいるところなのだろう。私の体験からすれば、原稿を書いたり、集中して文献を読んだりするときには、いつも甘い菓子を摂る。そうするとさあ始めようと気合いが入るのだ。この点では長年の慣習を江部医師の主張にそって変えることはむずかしいように思われる。
 ベルトルト・ブレヒトは『ガリレオの生涯』でガリレオ・ガリレイをイタリア人らしい美食家として描き、次のように言わせる。「うまいものを食べていると一番いい考えが浮かぶんだ」と。この台詞は学者として物心ついた頃から私にとって重要な指針であった。欲求に率直であることが人間性を最大限に開花させるという態度は多くの負の側面を私に強いたが、快適な人生ではあった。こと食欲に関する限り、もはやかっての暴飲暴食てきな生活はもはや不可能である。気に入った生ハムとチーズで赤ワインを数杯たしなむのが至福の時である。この程度なら江部医師の処方では合格の筈だ。
 さあ果たして2年後にはどうなっていることやら。意志が欲求をうまく制御できるだろうか。
  心ときめく春が待ち遠しい、このような感情にとらわれたのははじめてのことだ。この冬の寒さは格別に私の身にこたえた。昨年の春は身体が動かなくなり、将来に不安がよぎった。3月11日の東北大災害は春の陽気とは正反対に気持ちを憂鬱にさせた。それだけに今年の春は待ち遠しい。
 京都の桜の季節を私はあまり好まなかった。北国に生まれ育った私には、春とは、流氷が去り、まだ岸辺に残る氷塊が溶け始める頃、雪はまだ時々降るが、路地の根雪が溶け始める頃のことだ。吹く風はまだ冷たいが、清冽な大気の感覚は心地よかった。大地から立ち上る陽炎(かげろう)に春を感じたものだった。それから花々が咲き乱れる原野の春がはじまる。第二の故郷とも思うドイツの「いとうるわしき五月」を愛するのも、私のふるさとの風土に似ているためでもあろう。春は長い冬が終わって始まる生命の再生を実感させる季節であった。
 東北の春も遅い。私が春という季節に感じ取っていた再生の感情を共有できる地域だと思う。桜前線の北上は普通の年であれば、被災地のあたりを通過するのは4月の中下旬だ。今年の異常な寒さは桜の開花を遅らせるだろうか。被災地の桜はことしはどのように花をつけてくれるのだろうか。生命の再生の息吹が彼の地に住む人々に感じ取られ、力になることを願いたい。そうであるだけに今年は春の到来が待たれるのだ。
 最近やたらと人の足もとが気になる。
 昨年今頃から大病し、一時は筋萎縮を引き起こす難病を疑われ、私自身も人生これで終わるかもと半ば決意しかけていた。京大病院に入院して検査を受けたところ、頸椎の老化による障害と判定され放免された。人間の身体は少しの間でも寝込むと筋肉が急速に衰えることがよくわかった。リハビリで力が戻ってきてはいるが、発病前の体力に比べるとようやく半分程度に回復したろうか。
 一番衰えたのは脚の筋肉である。歩行姿勢が極端なまでに悪くなり、すり足でべたべたと歩く。そうなるとすぐにくたびれて、歩ける距離は限られてくる。階段ではいつも転落の不安がよぎり、つまずいて転倒するのではないかと気になるのだ。先日病院で骨密度を測定してもらったのも、転倒したときに簡単に骨折する可能性を自分なりに確認しておきたからだった。予想以上によい結果が出て、油断してはならないけれども、転倒による骨折の不安からはいくらかは解放された。
 しかし問題は下半身の筋力を強化し、歩く姿勢を改善費なければ意味がない。転倒しないように歩く姿勢はどのようなものか、姿勢よく地面を蹴るように歩けるようになるにはどのような工夫が必要なのか、散歩しながらリハビリをしながらいつも目が行くのは同年代とおぼしき男性たちの足もとである。学ぶことがあれば教訓としたく、ぶしつけながら観察させて頂いている。

2012年3月3日ー胃カメラー

  昨年末あたりからどうも胃の調子がもう一つで、痛みなどはないのだが、少々もたれるような気がする。薬をたくさん飲んでいるのので、なかには胃の調子を悪くさせるものもあるのだろう。2年に一度胃カメラで検査してもらうことにしていて、予定では来年なのだが、一年早めることにした。
 もう何回も体験している検査とはいえ、あの太い中部がのどを通過するときの不快感を思い出すと、検査室に入るのはやはり気が重くなる。ところが、一年前の様子を記憶していないのだが、機器も技術も改善されていた。ファイバースコープを口からではなく鼻から入れるのものになり、格段に細くなった。前のような嘔吐感もなくすんなりと入ったし、所要時間も短くなったような気がする。鼻腔やのどの麻酔も軽くなった。医療従事者と企業側の開発担当者のたゆまぬ努力と緊密な協力がこれほどまでに患者に見える医療技術はあまりないのではないか。
 私の胃には問題はなく、無罪放免となった。ほっとした。これでまたお酒も飲める。 
 いま、このような優れた医療技術を開発した企業が、経営者のモラルの低下とコンプライアンスに対する認識の低さから、あっという間にその企業価値を低下させている。開発に関わる技術者、製造に携わる労働者、営業に走り回る従業員の努力はこれでは報われない。金融的投機に頼ってでもその地位を維持したい経営者の倫理と技術者や労働者の日常的な労働との間のギャップはグローバル資本主義の支配の下でますます拡大する。労働が正当な位置を与えられる社会をどのようにして実現していったらよいのか。このスキャンダラスな事件の意味を検査を待つ間にあれこれ考えていた。

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