2012年5月4日ー雑然のなかに示される職人の精緻ー

 数日前、友人に教えられてジャカード(力織機)を製作している職人さんの仕事場を訪ねた。ジャカードが動いているのさえみたこともない。ましてやそれを製作しているところなど見学出来る機会がと思い、厚かましくも玄関の戸を明けた。
R0011575.JPG
 藤井機械店、千本上立売東入ル一筋目をあがったところにある。京町家特有のうなぎの寝床のような造作の奥に突然仕事場が現れた。外から見ると奥にものづくりの工房があるようには見えない。ご主人の藤井さんがひやかしの私に梱包しかけていたジャカードをわざわざひろげて見せてくれ
R0011566.JPG
た。本体は鋳物を使っているので外注だが、それ以外の木工、金工の部品づくり、組み立ては全部ひとりでしているという。後継者はおられないよお見受けした。
 ご主人の祖父、藤井徳治郎氏は西陣を近代的繊維
R0011572.JPG
産業に転換させる原動力となった人物のひとりである荒木小平のもとで修行して独立された方である。荒木小平はフランスから輸入したジャカードをもとに日本独自のジャカードを工夫し製作した「機大工」であった。その苦労が西陣を初めとする全国の繊維産業の繁栄の基礎をつくり出したのである。その意味では藤井さんの一族は日本繊維産業史の要に位置する人々といってよいであろう。
 仕事場は金工、木工両方の道具、乾燥させるために壁に立てかけられている木材、現状からは工作機械を動かすベルト、この仕事場の雑然とした雰囲気は美しく感動した。職人は自分の使いやすさにあわせて仕事場をつくる。どこに何があるかもよく知っている。雑然さの中に精緻な技術にもとずく秩序があるのだ。説明を聞きながら「船大工」であった父の仕事場を思い出していた。多くの道具のある場所を熟知していたし、その手入れを怠らなかった。私はその点では父にはるかに及ばない。必要な書物や文献をどこに置いたのか忘れているし、道具の手入れなどいかげんななものだ。
R0011568.JPG
 見せて頂いたジャカードの値段を聞いて驚いた。あまりに安すぎる。職人が一つ一つの部品までつくり、丹念にくみ上げた仕事に合わないことは素人の私でも理解できる。京都繊維産業の衰滅の証であろう。西陣で力織機を作っているのはもうここだけだという。この店が終われば機械を修理する職人もいなくなるのだろうか。必要な機械を作れず修理も出来ないとき、その産業は衰滅する。
 日本の工業的発展の最重要の遺産の一つとも言うべきこの仕事場は、歴史的遺産としてそのままの形で保存すべきだと思う。こわしで整理してしまったら、ただの道具の山になってしまう。この仕事場を残すことに意味があるのだ。地場産業として生かし続けることが最重要課題であることはいうまでもない。しかし、産業遺産として保全していくことも必要ではないか。多くの仕事場を残して、博物館群をつくり出す施策があってもよい。
 このまちを維持してきたのは公家や武士だけではない。数百年にわたってこの国の美意識を支えてきた西陣の職人集団であった。それが衰滅すると言うことはとりもなおさず、このまちの文化と伝統、ひいてはこの国の文化は滅びることを意味している。水族館やオペラハウスをこしらえる前に行政はもっとすべきことがあるのではないか。

このブログ記事について

このページは、kitanihitoが2012年5月 4日 15:26に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「2012年5月3日−景観を壊してまでつくる必要があるのか−」です。

次のブログ記事は「2012年5月6日ーたかが居酒屋、されど居酒屋ー 」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。