2012年11月アーカイブ

2012年11月22日ー芒(ススキ)ー

  ススキがきれいな季節である。夕暮れに落日を背景にすかしてみると穂先が黄金色に輝き特に美しい。数十年前にセイダカアワダチソウという外来植物が急増し、ススキは駆逐されたかに見えた。あの毒々しい黄色は秋の色には馴染まなかった。今ようやくススキが復活しつつあるようだ。
 植物としてのススキの印象はこの国ではよくない。原因の一つは演歌風歌謡曲の影響がある。「俺は河原の枯れススキ」ではじまる野口雨情、山中晋平の名曲「船頭小唄」はすすきの姿に磊落の雰囲気を見いだし、花も実もあるのに「花の咲かない枯れすすき」などとうたいあげるものだから、そのイメージはますます暗くなる。この名曲のパロディとして流行した「昭和枯れすすき」という演歌調の歌はこの暗さを
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さらに極端なものにしてしまった。
 それにこの漢字のイメージがよくない。「芒」はこの草の形を表現したことに由来するようだが、この漢字を使った表現は、どれも荒涼とした状態や薄気味悪い情景を示すのに使われることが多い。
 数日前、紀伊半島の別宅に滞在していた時のことだ。家の下の川の遊水地は一時期セイダカアワダチソウに押されていたが、今はススキが復活した。来年はもっときれいになるだろう。写真を撮ろうと下りていったら、私の気配を感じたのか、足もとのススキの茂みから突然鷹が飛び出した。そのすぐ後に大きな雉がよろよろと逃げ出した。いつもつがいでいる雉が浮気でもあるまい、おそらく鷹の獲物として取り押さえられたのだろう。私の気配で鷹は食材を失い、雉は事なきを得た。
 この場所には以前には猪が泥浴びのにやってきていたが、いまは夜になると野生の鹿の「運動場」になる。野生が集まる情景にはセイダカアワダチソウは似合わない、固有種のススキが復活してよかったと思う。
 ススキを見直そう。
 私の千本散策も少し変化を持たせて南から上がる散策も加えることにした。先日は羅城門あたりを探索したが、先日病院での検査の帰りに千本七条から上って探索してみた。千本通は、先日も書いたように東海道線と梅小路公園で切断され、七条通から再び始まっている。地図で見ると五条通まで千本通の上をJR山陰線が高架で走り、五条通の北からまともな道になる。しかも千本通に隣接して京都市の卸売市場が立地し、このあたりは市内で最も活気のある騒々しい地域となっている。
 このあたりの七条通は京都にしてはだだっ広い道である。戦時下で空襲時の延焼を防ぐという口実で軍部が強引に作った疎開道路ほどではないが、道によって隔てられた両側の風景がまったく違うのだ。南側は商店街が途切れることなく続き、卸売市場が近いこともあってか、魚屋も多い。七条通は烏丸通あたりから大宮通あたりまでは、東西本願寺の寺内町である。中京あたりとはまったく違う雰囲気で面白い。京都を訪れる人はほとんどが王朝文化のまちと勘違いしているように思われる。洛中の三分の一は本願寺の寺内町であり、まったく異質の文化圏を形成している。
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 これが中央卸売場あたりを境にして雰囲気が一変する。道幅もこのあたりから広くなっているようだ。中央卸売市場の西側に新千本通という新道が作られているが、この道から市場の中に入ってみた。11時頃だったので取引は終わっており、店はほとんど閉め始めていたが、グジやハモなどの高級魚を売る店はまだ開いていた。この時間でもまだ市場内外にはフォークリフトや軽自動車が走り回り、市場が活況を呈する時間には私のようなふらふらと歩く人間に
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は少々危険なように思われたが、もう一度来てみようと思った。千本通も新千本通もこのあたりでは市場の敷地内みたいなものだ。
 歩きくたびれて喫茶店を探しに東側に出て島原に迷い込んでしまった。その中心にある輪違屋も島原大門も規模といい構えといい見事なものだったが、いずれゆっくり来ることにして通り過ぎた。壬生川通あたりをふらふらと歩き、山陰線丹波口駅にようやくたどり着いた。面白そうなまちでもう一度歩いてみようと思う。市場に占拠された西側と違い、東側は島原から本願寺寺内町へと続くこの町並みは、仔細
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に観察してみたい地域ではある。
 山陰線はこのあたりからすこしカーブして、二条駅を過ぎるとあたりで西に向かう。千本通はようやく市場と高架から解放される。駅前の案内板にによると朱雀大路を示す案内板があることになっているが、発見できなかった。道路工事で破壊してしまったのだろうか。文化財やその痕跡を平気で破壊してしまうのは、このまちではよくあることなのだが。
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 リハビリに通う診療所の二階窓際の水槽に沢山の生き物が飼われている。病を治す場所にしてはめずらしいことだ。リハビリに通う人たちは生き物たちにいつも声をかけている。心なごませる光景である。
生き物たちにオタマジャクシが加わったのはいつのことだったろうか。ほとんどが患者さんに貰われていき、2匹残った。1匹は比較的蛙に近くなった思ったら水槽を飛び出し行方不明。隣で買われている亀の水槽に迷い込み、亀の餌になったのかもしれない。
 残る1匹、どうなるのだろうか。隣の亀が冬眠の準備に入っているというのに、まだ蛙になる気配はないのだ。後ろ脚が生えているのに、いまだに大きな尾びれでよろよろと泳ぎ、大きな頭を水槽にぶつけている。
 蛙になりたがらないオタマジャクシ、脚があっても飛び出さないオタマジャクシ、苦労しなくても餌にありつける境遇に満足しているのだろうか。なんとなく自分の姿をうつしているようにも見えて、気にかかる。

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