千本・西陣散策再開

 寒い季節も終わり、散策に快適な時期になった。去年は神経痛などで体調がもう一つだったので、続けていた千本通散策を自重していたのだが、再開したい気持ちが久しぶりに高ぶり始めた。
 リハビリに通う診療所が千本五辻あたりにあり、帰り道に健康回復のための散歩道としてこの通りを選んだのが始まりなのだが、この通りの多様な風景と人間関係にすっかりはまり込んでしまい、どこかで終わりにしようという気持ちはすっかり消え去ってしまった。はじめは通りを南北に歩きとおしたら終いにするつもりだったが、東西に交差する細道に入り込んでしまい、いつのまにか西陣をのぞきまわる散策となってしまった。歩いているうちに、妙な言い方だが西陣という衰退する地域の姿に魅せられてしまっている。
 京都というまちは、ここに居を構えているとはいえ、私にとって、かって学問の向上を目指して遊学した数々の土地と同じように異邦の地に思われる。まして西陣は京都に住みながらほとんど訪れたことのない場所なのだから、おそるおそる家の中をのぞきこむ異邦からの観光客のような気持ちにもなる。
 しかしながら、私のこのような姿勢でも意味のあることだと思う。このまちに生活するものとしての視点を学問するものの視点に昇華させてこの衰滅過程を観察すれば、異邦人であっても新しい発見が可能かもしれない。
  このあたりを歩いていると、かってアナトリアや地中海沿岸を旅した頃を思い出す。まちや地域がそこに住んだ人びとの歴史が層をなしていることが観察され、そのことがその都市や集落の魅力となっている。人が生き続けなお生きている証でもある。京都のこのあたりの魅力もそこにあるように思われる。桓武天皇による平安京造営、応仁の乱に始まる騒乱の時代、秀吉の聚楽第築城と都の改造、二条城を中心にする徳川の支配、維新の動乱と新撰組、そしてそのうえに家内工業を基礎にする西陣織工業の繁栄と衰退、それらが層をなしてこの地域を彩っている。
 いま進んでいる過程は、無機質のコンクリート建造物でこの重層化されて示されている人間の営みを覆い尽くし、消し去る行為ではないのか。そのことによって歴史のない都市に作り替える愚行をこのまちでやってはならない。(2014.5.11)

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このページは、kitanihitoが2014年5月12日 14:21に書いたブログ記事です。

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