2015年6月アーカイブ

 六角東洞院上ルの八百一本館屋上に小さな農場がある。屋上にプランターをおいて樹木を植えるビルはあるが、本格的に土を入れて畠を作ったのは珍しいのではないか。都市緑化によって都市の排出する熱を吸収して地球温暖化を抑制していく施策として興味を持っただけでなく、私にとってはそこにたたずんで高ぶった気持ちを和らげてくれる場所としてたびたび訪れる。
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 昨年春、ジャガイモを一畝植えていた。白い花が咲き、収穫されるまでを眺めながら、この作物と実に長い間付き合ってきたことを思い出していた。思い出したことに加えて、あれこれと調べてかいてみようと考え始めていた。体調不良と遅筆のせいで、書こうか書くまいか迷っている内に、あっという間に収穫も終わり時期を失してしまった。今年こそこの連作エッセーを書き上げたい。
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 私はジャガイモが大好きだ。いつからそうなったのか、なぜ好きなのかということからはじめなければならないのだが、まず思いつくままに、私の体験を書き記すことにから始めることにしよう。
 よく知られているように、この国では古くから里芋、小芋を食してきた。「じゃがいも」はその名から容易に推測できるように東南アジアからもたらされたものだ。16世紀末頃であったとされる。アンデス原産のこの農作物は、里芋を駆逐するには至らなかったようで、里芋を食する習慣のない東日本にようやく定着していったようだ。「ごしょいも」という表現は、子どものころ私の家で使われていたものだ。石川県、新潟県の出だから、おそらくこの地方の方言であろう。おそらく「五升いも」、それほどたくさん出来るいもの意味だったのだろう。なんとなく、「じゃがいも」は貧乏人の食材として定着したような雰囲気を感じさせる。おそらくいろんな表現が残っているに違いない。
 里芋圏でジャガイモとの共存が実現したのは、どれほど古いことではないと思う。食の洋風化にともなって、肉料理の添え物として利用されて普及していったように思われる。
 ジャガイモの栽培は、北海道にアメリカから導入されて本格的になっていく。私たちの食しているジャガイモは、アンデス→ヨーロッパ→東南アジア由来のものではなくて、アンデス→ヨーロッパ→北アメリカ→北海道由来のものに取って代わられたのではないだろうか。 北海道に到来したジャガイモは生食用としてではなく、澱粉原料として栽培された。この関係は今も基本的には変わっていない。工業用原料、ポテトチップス、フレンチフライドポテト等の原料として利用される比重は相変わらず高い。
 生食用ジャガイモはというと、食の洋食化に対応した品種改良によってその味はかなりの程度の向上したというものの、私の期待しているほどにはなっていないようだ。
(2014.6.9)

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