老いぼれ熊の久々の北帰行ー「冬ごもり」ならぬ「夏ごもり」から目覚めてー

 この数年の夏の暑さといったら、高齢者にとっては例えようのない厳しさだ。猛暑日が連続した今年は特にひどかった。ただこの数年の体験から、猛暑をしのぐ術を身体が学習してくれているようだ。運動不足にはなるが、とにかく家にこもって体力を消耗しないようにすることが一番。予定していたことも取りやめにしたりすっぽかしたり、決まり事のように毎年出かけていたことも今年は行かなかった。友人たちとの約束も一方的に破棄された。どうにか乗り切れたが、さびしい夏になった。来年からは、夏は書くことも外に出ることも控えて老いぼれ熊にふさわしく「夏ごもり」を心がけよう。
 突然涼しくなった。老いぼれ熊も「夏ごもり」から目覚めてよろよろと這い出し、動き始めることにした。明日から1週間、慎重に控え目にと忠告する主治医や制止する家族を振りきって、生まれたまちに旅をする。頭の調子が良いから体調も良いと錯覚しているのかもしれない。
 高等学校の同期が80歳を祝賀し同窓会をやるという案内があった。18歳の頃の級友が何人まだ元気でいるのか、会って元気をもらいたいと思い、大分前に出席の返事だけは出していたのだが、よろよろ歩きの体力でなんとか出かけられそうな自信も出来たので旅立ちを決意した。
 出かける本当の理由は別のところにあった。私のうまれたまちの空襲から70年、地元の友人たちの努力で犠牲者慰霊碑がようやく建立された。あれほどの犠牲を強いられたのに、慰霊碑が立たないことに秘かに怒っていた。あのうらぶれたまちを飛び出して異質の人生を選択した私には、そのことについて声を荒げて主張する資格はなかった。それだけに、完成はうれしいことだ。あのまちの戦争の記憶の風化はこれでいくらかは歯止めがかかる。遺族としてはありがたいことだ。この気持ちは他人に説明して簡単に理解してもらえるようなものではない。碑の前に立ち拝礼し、建立のために尽力してくれた人びとに感謝すること、これが旅の最大の目的だ。
 数年来、私は戦争体験の記憶を書きためている。完成までにあと10年くらいはかかるだろう。みすぼらしいあのまちの過去の歴史を書くつもりでも、現代史の一部を書くつもりでもない。私自身の空白を埋める試みだと思っている。あのまちの内部と周辺には無数の「戦争遺跡」が残っている。そのことをうすうす感じ取りながら、あるいはまったく知らずに生きてきた。いまこの空白を埋めたいのだ。友人たちの案内で原野に眠る戦争の跡を探査し、その意味を考えたい。
 よろよろ歩きのくせにまだ頭のほうが静かに生きることを許してくれないのだ。無事京都に帰り着けたら、今まで以上に熱くなって書き始めつもりだ。(2015.9.15)

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このページは、kitanihitoが2015年9月15日 11:10に書いたブログ記事です。

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