82歳

 82歳になった。去年は胃ガンが発見され、その頃に入院し、手術していたから、あまりよい気分ではなかった。なんとか体調を回復して再出発となるはずだった今年も、どうも気分がすぐれない。
 昨年末から多くの訃報が寄せられた。あの人を目標にと秘かに思いを寄せていた先輩の学者たちの死に気落ちし、あれほどまでに聡明な人間でも脳の劣化が始まるのかと暗澹とさせらたりもした。私の身体の劣化は胃ガンで始まってよかったなどと妙な慰めの思いを、気持ちの中で繰り返している。
 それに加えてこの冬の寒さである。北海道生まれで寒さに強いと自負していたのに、身に応えた。インフルエンザの大流行に怯え、雑踏をものともせず外出していた気力はどこかに行ってしまい、おそるおそる生きる消極的な毎日だった。
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 このような弱気にはじまって、あっという間に時が経過し、2月も終わろうとしている。よろよろ歩きの老いぼれヒグマと自嘲してはいても、そろそろと冬眠から覚めて穴から這い出すべきではないか。その決意を込めて、数日前机の上のディスプレイを大きなものに買い換えた。大きな文字で入力できるし、それに前屈みになってのぞき込むような姿勢をとることも少なくなった。これなら体力に余裕ができて仕事を楽しくやれる。今年は今書きかけている部分ができれば、編集の仕事に入る。これならできそうだ。当たり前のこ
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とだが、体力の弱まりに合わせて仕事の(それだけでなく生活そのものの)やり方を変えていくことが重要だと、あらためて思い知らされている。
 80代をどう生きるべきか、この問いは愚問と言うほかはない。その種の教訓を垂れる書物は最近増えているが、個人としての体験を述べるだけならともかく、自分の体験を普遍化して書いているものは、有害無益と断定してもよいのではないか。自分の生命力がどこまで維持できるのか、どこでどのように尽きるのかは、どんなに聡明な人でもわからない。活力に満ちて生きる世代とは違う。願いとしては90代まで生きたいと思う、しかし今の体力から見れば、せいぜいのところ数年を予想できるにすぎない。
 そうはいいながら、なお残る好奇心と欲望はさかんにできる限り長く生きよと叱咤する。この面白いほど激動する時代に考えたい書きたいことは山ほどある。まだ読んでいない本はうずたかく積まれている。それに、まだ食べ尽くしたという気には到底なれない。「終活」などほったらかして楽しく生きよ、頭の中の自分はそのように求めている。

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このページは、kitanihitoが2018年2月27日 17:03に書いたブログ記事です。

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