2018年9月アーカイブ

台風21号を耐え抜いたわが家の樹木たち

 台風21号の進路と風速の予想を見て、わが家の樹木たちも危ういのではないか、彼らの倒れ方によっては家も損傷する可能性がある、そう考えると不安になった。どんな命も終わりがある、それならこの目でその瞬間を見届けておこうと、嵐が過ぎる瞬間を観察することにした。
 午後2時を過ぎたあたりから空は急に暗くなりうなり始め、風も強くなり出した。1時間ほどの感動であった。樹木はしなれるだけしなりはじめた。台風の接近にあわせて風向きが東から西に変わり、前後左右に揺れた。樹の悲鳴が聞こえるかも知れないと思ったのだが、風のうなりににかき消されたのかそれらしきざわめきは聞こえなかった。
 京都ではこの台風で多数の名木が倒れた。京都御苑の古木、相国寺の松、平野神社の桜、賀茂街道や半木の道の桜の木、紫明通の樹も倒された。台風被害と言えば、その甚大さを視覚的に誇大に表現できるものがいつも報道される。樹、森林の被害、そしてその結果としての景観の破壊にももっと注目が集まってもよいのではないか。
 周囲の深刻な被害を見聞きするにつけ、わが家の樹木は思いの外強靱だった。捨てたものではないと思った。わが家の庭には2本の松がある。出入りの庭師のいうには、幹が一抱えもあるのは、樹齢300年を超えるのではないかという。3代にわたって1世紀近く守られてきたものだが、この小さな庭に移し替えられる前はどのように生きてきた樹だったのだろうか。
 2本の松を中心にこの家を建てた主の好みで植え込まれた樹のほかにいろんな樹木が雑然と生い茂っている。鳥たちがどこかで啄んだ種子を落としていき、それがいつの間にか大きくなったのだ。沢山の鳥が番でやってくる。小さな鳥にとってここはカラスや大型の鳥たちの攻撃を逃れる避難地のようなものだ。
 今度の台風は無事にしのげた。おそらく松の運命を見届けることもできず、私の方が先に死ぬだろう。願わくば、次の世代がいとも簡単に伐採せずにその生命力を尊重してほしい。庭木といえどもそれぞれに命の歴史があり、私たちの生活の同伴者なのだから。
 地震災害、停電など予想外の出来事に巻き込まれて大変なことでしたね。お見舞い申し上げます。
 北海道に生まれ育った私にとって、この地での災害の知らせは他人事とは思えずいつも心痛めています。今回はそれを通り越して腹立たしく狂い立ち、その気持ちは日を追うごとに募るばかりです。火山噴火・地震多発地域である北海道に住んでいれば、この程度の地震を一度や二度は経験しているひとは多いでしょう。高等学校卒業後すぐに北海道を離れた私でさえ、高校2年の時に発生した十勝沖地震の揺れを今でも覚えています。この時は太平洋岸で津波も発生し甚大な被害が出ました。しかし全道が停電し、公共交通がすべて止まるなどということは、あの戦争の時代でも戦後の経済危機の局面でもおきませんでした。
 どしてこうなったのか。責任ある組織と指導者の備えをしなかった怠慢によるものとしかいいようがありません。電力供給に責任を持つ北海道電力の危機管理の水準があの程度のものとは驚きでした。あの地域での地震の発生を想定していなかったのか、なぜ停電したのか、回復はどのように進んでいるのか、泊原発の外部電源喪失の実態はどうなのかについて会社のトップが直接説明したという報道は京都で見ていた限りでは一度も画面に流れませんでし。なぜ現地の企業の説明がないのに、東京の大臣が大雑把なパーセンテージだけをさも自分の手柄であるかのように発表するのか。本土と北海道との権力関係は開拓使の時代からすこしも変わっていないのではないでしょうかか。
 理想の北海道を求め続ける老いぼれヒグマの私の腹立ちは置くとして、皆さんにあらためてお見舞いを申し上げます。

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