2019年7月アーカイブ

 数日前の夜の祇園花見小路の火事には驚かされた。祇園の中心である花見小路のそのまた中心部が燃えている映像が写し出された。翌朝になって、私がよく使っていた吉うたの全焼が伝えられた。この火事は京都の都市文化の中心の終末の始まりではないだろうか、衝撃を受けた。
 そろそろ現場検証も終わっているはず、現場に行けば女将の美三子さんにも会えるかもしれない、お見舞いもできるかもしれないと思い、12日午後、診療所の帰り道に回り道をして花見小路に向かった。
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 花見小路は通行止めにもならず、外国人観光客で賑わっていた。この雰囲気が私の気持ちを一層重苦しくした。およそこのまちに塗り重ねられた文化の敬意を払うことなく、その外部の景観にだけ目をやり通り過ぎてゆく彼らだけを非難することはできない。無秩序に観光客を拡大し、祇園の本来の姿を衰退させた為政者たちこそ攻められるべきだろう。今回の火事は起こるべくして起きた災害だと私は思う。環境客を当てにした土産物を売る店、飲食店が増えた、パン屋まである。これでは女将たちがいくら防火意識を高
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めても、失火の可能性が高まるばかりではないか。
 ここを舞台にした数々の文学と映像の名作、この場所で多くの人びとの人生が交錯し、すぐれた作品を育んだからこそこのまちは貴重なものとして高い評価をうけているのであって、花街の景観や古い町並みによるものではない。美三子さんを待つ間そんなことを考えていた。
 焼け落ちた建物の内部を見せて頂いた。吉うたを訪れるようになったのは、1970年のはじめの頃だったと思う。私の最初の書物の出版に力を貸してくれた有斐閣のAさん連れてきてもらったのが最初だった。かれこれ40年と少し、美三子さんのところで穏やかな時を過ごすことができた。今の姿があまりにも無残、これまでの私の生きた時間の重要な部分が抜け落ちた感じがした。力が抜けた。
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 私の気落ちした姿とは違い、彼女は再開、再建への意欲を
さすが祇園の女将と感動した。金も力もない老いぼれヒグマが役立つはずもない。その時まで生きているかも怪しいのに。
 美三子さんに聞いてみた。市長は見舞に来ましたかと。聞く必要のない質問をしてしまった。私のいつもの悪癖がでた。来るはずがないのにね。この火災は誤った観光政策の結果であることに、彼は気付く筈もないのにね。(2019,7,16)

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