2020年3月アーカイブ

   長いこと使っていた携帯電話を捨ててスマホに買い換えた。率直に言ってこれは気の進まない買い物ではあった。
 私はもともと電話を好まない。理由はいくつかある。子どもの頃には電話を持っているのは金持ちの家に限られていたし、高度成長期に入ったにもかかわらず一般家庭への電話の普及は遅れに遅れていた。電話を引くのにはお金がかかった。結構な権利金を要求され、電話の権利はこれからも高く売れるとだまされたものだ。こういう状態だったから、私は電話をかけることがいまでも苦手である。
 もの書きといわれる人たちには一つの共通点がある。仕事中に電話がかかってきて思考や執筆を乱されることを極度に嫌う。編集者からの原稿の催促もそれ以上に仕事への高揚心を冷やす。人によっては仕事をしているときには受話器を外している。そのうちファクスが登場した。原稿を出版社に郵送する必要がなくなった。本来は事務用に考案されたこの通信機器が個人の家にも入り込み、あの奇妙な苦悩に満ちたうめきのような音を響かせるようになった。夜中に仕事をしているときなどは特に気味悪く感じたものだった。
 もの書きのはしくれとして私も、電話の音には身のすくむ思いがする。電話が必要なことは理解するが、電話に支配される暮らしはごめんだ、無理やりに電話口に引き出されるのはいやだ。そのうえ利用者の非常識にはいつも腹が立った。コンサート会場でも映画館でも電源を切り忘れて受信音を鳴らしまくる、公共の場でも他人の迷惑お構いなしに高声でまくし立てる、あのような下品な行動に同調する訳にはいかなかった。
 電話にに支配されるのをそれほどまでに嫌うその私が携帯電話を持つようになったのにはそれなりの理由がある。30年以上前のことだろうか、京大病院に知人を見舞った時のことだ。病院を出てかから熊野のバス停あたりで、次の予定に確認の電話を入れるために電話ボックスや赤電話を探して驚いた。どこにも見つからなかった。もう一度京大病院に帰るのも面倒くさく、連絡を諦めた。大病院の近くなのに、なんということだろうか。よく観察すると、地下鉄の駅でも公衆電話はほとんど退場していた。携帯電話を持たざるを得なくなった最大の理由は公衆電話や赤電話の衰滅の結果であった。
 しかし私は持っているだけでそれを積極的に利用することはなかった。電源を切りリュックサックの中にしまい込み、自分が連絡するときにだけそれを取り出した。家族はこれでは急を要するときに連絡をつけれないと不満たらたらだった。

 その私に通信会社から連絡があった。あなたの携帯はもう「修理受付終了」機種になっているという。やむを得ず買い換えることになった。ガラケーこと携帯電話は資源ゴミになってしまった。
 私のささやかな抵抗はこの時点で無残な敗北に終わったのだ。ITやデジタルを支配の手段とする資本主義への抵抗は、本来の人間らしい生活を防衛することなしにはあり得ないと信じていた。携帯電話やPCの利便性を評価しながらも、私はそれらが急速に人間らしさをむしばんでいることに危機感を覚えていた。
 工業的に設計された無機質の「近代的」都市に住むことは本来最も人間的なものであった時間や空間への感性を奪い取られることだ。都市生活は快適だとそこに浸り込んでいる傾向が日々強まっている。都市に生まれ育った人びとから本来人間に備わっていた感性も感覚も急速に失われている。そのような傾向が行き着く先は想像するだけでも恐怖である。感性や感覚が画一的になった人間など唯々諾々と支配と従属を受け入れるロボットのようなものではないのか。
 非効率的で利便性に欠けるものであっても、本来の人間的関係はなんとしても守っていかなけらばならないとの考えを私は日々強めている。たとえば、メールするよりも電話をするよりも手紙を書くように心がけ機会があれば直接対話する、出来合いのものを買って食べるよりも可能な限り自分の感覚に合ったものを調理する、どちらもたしかに効率という点では問題がある。でもそのことによって得られる喜びと達成感を考えると、そこにまで効率性の概念の支配を許してはならない。
 私は死の直前まで自分と家族の食するものは可能な限り自分で調理していたいものだ。そのための食材を求めてまちを放浪したい、自分に合った味を求めて路地裏までも出歩きたい。それができなくなれば、調理も味付けもIT任せ、皆同じ味で満足させられる状態に押し込められては人間お終いではないか。生きている意味は半分以上なくなる。

  スマホを使い始めた。まわりの連中はこの時とばかり、私に認知が始まった時を考えてか、やれ位置情報を確認するアプリを入れろとか、連絡が容易なLINEを始めろとか圧力を加えてくる。体力が衰えている以上、この圧力にも応えなければならない。この器械、触ってみるといろいろ面白い世界も私に広げてくれそうだ。上手く使えば衰えていく体力も補えそうだ。
 人間らしい生活構造をこの機器とうまく折り合いをつけながらどのように作り上げていったらよいのだろうか、このところそのことばかり考えている。(2020.3.10)

このアーカイブについて

このページには、2020年3月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2019年11月です。

次のアーカイブは2020年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。