84歳になって考えること(1)ーこの年齢、もの悲しくもあり時には面白くうれしくもありー

 先日84歳になった。
 平均寿命を超えた。そのこと自体はさほど意味のあることではないが、これほどまでに身体的・知的能力が残っていて、まだ生きていられるとがうれしく、実に愉快なことだ。政府統計によると、2018年10月現在で84歳人口は91万6,000人、そのうち男性は35万5,000人、よろよろ歩きでもとにかく自分の脚力で出歩いているひとは、そのうちどれほどいるのだろうか。
 私自身の脚力も怪しいものだ。3年前に3週間入院して見る間に衰えた。いくらか回復したところで昨年はまた右眼の手術で3週間入院、それに加えて昨今の疫病大流行、いったい私の体力はどうなるのかと不安が加速する。この年齢になってこの程度の体力でいったいどんな役割が果たせるというのか。つくづく考えさせられる。
 外でお酒を飲む機会は激減した。それに加え、小さくなった胃袋が許容してくれる酒量などおよそ「飲む」という範疇に入るようなものではない。昔友人といった大阪阿倍野の「縄のれん」のことをときどき思い出す。昼間から開いていて、夜の講義まで時間が空きすぎ身体を持て余しているときなど、若い友人を誘って出かけたものだった。あの時盛んに飲んだ酒の名をかすかに覚えていた。検索で調べて早速買い込み愛飲している。牛飲馬食の日々、亀のように飲みあさっていたあの頃を懐かしんでいるわけではない。コロナ禍の時代、思い出を肴に飲むのもよいではないか。次はどんな思い出を肴にしようか。(続く)

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このページは、kitanihitoが2020年4月25日 15:18に書いたブログ記事です。

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