哀れなまでに縮んでしまった私の胃袋

 5年ほど前に胃カメラを飲んでガンが見つかった。3年ごとに検査をしていたのにこの時はどういうわけか少し時間が空きすぎた。ピロリ菌もずっと検出されなかったし、その20年ほど前に大腸ガンを手術していたので、消化器系のガンはもう大丈夫だろうと油断していたようだ。結局、私の胃袋は哀れにも3分の1になってしまった。かっては大食漢でならしたこの私が今では目の前に並べられた料理の嵩にため息をついている。亀のように飲むとまでいわれたのに、酒はもう酒杯を数回重ねるだけで降参してしまう。なんとも情けない状況になってしまった。
  数日前内蔵の超音波検査と胃カメラ検査をやり、翌日執刀した医師の診察があった。検査をしたのだからこれで5年の節目、完治の宣告をいただき、私がお礼の言葉を述べて長くも短くも感じられた「闘病生活」に区切りを付けようと考えていた。もう一回診察がありますよと、医者に言われて私の早とちりに気がついた。でも検査結果は再発なし転移なしですから問題ありませんよと実質的な完治の宣告、この日から気分がいくらか晴れて再出発しようという私の期待はかなりの部分で満たされた。
 それにしても小さい、胃カメラが写し出す映像をディスプレイで見ながらつくづくそう感じた。カメラは食道から何の抵抗もなく胃袋の中をまっすぐに下り、あっという間に十二指腸の入り口に到達するのだから。要するに私の胃袋は食道にぶらさがるタダの膨らみになってしまったのだ。
 でもまだ使える。食欲はいまだ衰えることなく、好物を注文する。出てきた皿を前に胃袋は躊躇する。半分も入らないのではないか。いつもこの繰り返しだ。衰えぬ食欲と惨めにも縮んだ胃袋とをどのように折り合いを付けるのか、これがなかなかの難問だ。うまく解決して、食を楽しみ、栄養不足を解決する解はあるはずだ。
 コロナ禍も去り、友人たちとうまい酒と料理を楽しめるようになる日を努力を重ねて心待ちにしている。

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このページは、kitanihitoが2021年7月 5日 21:38に書いたブログ記事です。

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