本町3丁目9番地(1)ー消え去った私の生まれた町ー

KITA1301.pdf
今私はいくつかの仕事を平行して書き進めているが、世を去るまでには何としてでも完成させたい仕事がある。「すり込まれている筈の風景」と題する私の戦争体験の総括である。これだけは私の記憶を頼る仕事だから、書かなければ私の体験は歴史から抹殺されることになる。
 戦争は国家間の衝突や軍隊同士の殺し合いにとどまらない。巻き込まれた家族と個人の今に至るまで続く苦悩の集積である。戦争は国外で戦われただけではない。私のまちのような北海道東端の小さなまちまで巻き込まれていたのだ。ところが戦争は国内で市民が体験した悲惨など度外視して記述され、戦史としてしてしか歴史に残らない。これでは戦争の真実は伝わらない。最近の好戦的傾向の強まりにも書き遺すことによって抵抗したい、それが私の願いである。
 この2年ほど書き続ける作業が中断している。原因は二つある。一つはこの数年の体調不良のためであり、もう一つはもう少し資料を探査する必要に迫られているからである。例えば、国会図書館蔵書のデジタル化はかなり進んでおり、古い資料を東京に出かけなくても利用できるようになった。調べてみると思いがけない物が発見されることがある。そういうこともあって少し時間をかけてみたいと考えるようになったのである。
 しかし、発表しないと仕事そのものが忘れられるのではと不安にかられる。そういうことから、不細工な形だが、書きかけた部分をとりあえず公表することにした。すでに書いたものは、「すり込まれている筈の風景ー改訂増補版ー」として次にまとめてPDFファイル(KITA1201.pdf)として公表している。
 www.focusglobal.org/kitanihito_blog/2/
 私の今の構想では、「すり込まれている筈の風景」と題する部分は、「1945年7月14,15日の空襲」についてその被害の意義を可能な限り新しい資料を発見して書き上げて終わる筈だ。あとは、一つは私の体験をふまえた「国民学校論」、もう一つは「戦災と文学」と題して「戦争と文学」という従来とは違う発送の括りで沢山の作品を読んでまとめてみるつもりでいる。

このブログ記事について

このページは、kitanihitoが2013年3月24日 13:40に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「すり込まれている筈の風景ー改訂増補版」です。

次のブログ記事は「すり込まれている筈の風景」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。