国立故宮博物院ー2010年4月台湾の旅(8)ー

 私にとって台湾観光の最大にして最高のポイントは故宮博物院である。収蔵品が膨大なため展示品はいつも違っている。最初に訪れたときは大改造が始まったところでスペースが限られていたが、それでも始皇帝が定めだ度量衡の基準となる升や秤を発見して感動した。この博物館には常設展示がないも同然で、しかも目録がない。膨大な所蔵品から何が選ばれて展示されているかはいってみないとわからない。ホームページでどんな特別展示あるかは確認できるが、どのようなものが出ているかはあらかじめ知ることは出来ない。今回は「土の百変化ー中国の歴代陶磁器展ー」と題する展示を期待していた。
R0010888_edited.JPG 2年ぶりに訪れてその様変わりに驚かされた。中国本土からの観光客に埋め尽くされている。2年ほど前から始まった大陸から観光客受け入れの結果である。マナーの悪さは相当なものだ。敷地内で喫煙し、展示室での行動にも他を思いやる態度はまったく感じられない。
 数年前に北京を訪れたとき紫禁城は中国人の団体観光客CIMG0365.JPGで埋め尽くされていた。そろいのシャツや帽子を身につけスピーカーで解説するガイドについて歩く姿は、かってヨーロッパの博物館を席巻した農協さんを思い起こさせるが、その集団としての迫力は農協さんの比ではなかった。人民が皇帝に代わって国の主権者になったという虚構を信じ込ませるための装置に思えてならなかった。紫禁城は津波のように押し寄せる人民の大群を前に確実に溶解し始めていた。紫禁城に押し寄せる人民の大群も故宮博物院に押し寄せる観光客もおそらくどちらも自分たちのものだと考えているに違いない。
 中国人観光客の作り出す人いきれと喧噪をかいくぐってなんとか名品を鑑賞できた。見事としかいいようがなかった。この世に二つとないまさに至宝そのものであった。歪みもなく焼きずもない、色むらもない仕事はまさに「完璧」なのだ。なぜ完璧なのか、答えは簡単だ。皇帝のために制作されたものであり、それ一品しかないからだ。
 中国は台湾の併合を望むのは、領土拡張のためではなくこの至宝を手に入れたいためではないのだろうか。先年北京を訪れたときに考えたことを思い出した。毛沢東が中華人民共和国樹立を登場で宣言した天安門は紫禁城の南に位置し、毛沢東は北を背に宣言したのだ。つまり歴代皇帝と同じ位置に立って中国の正統の支配者であることを全土に知らしめたのだ。そうだとすればなんと見事な演出ではないか。毛沢東の墓もこの南北軸の上に作られている。彼は皇帝の権威をもって葬られたのだ。このように考えると、私の次のような推定も成り立つのではないか。紫禁城は空っぽの城なのだ。中国の真の「皇帝」として君臨するためには、蒋介石によって持ち出された歴代の皇帝が継承してきた宝を元に戻すことが必要なのだ。
 同行したR君いわく、「そのうち人民解放軍が平服の観光団としてやってくる」。博物館が占拠されるなんてあり得ないと思う人は思うだろう、起こりえないとはいえないだろう。
(2010.4.27)

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