二・二八和平公園ー2010年4月台湾の旅(7)ー

 

 二・二八事件として知られる国民党蒋介石一派が1947年2月28日を皮切りに台湾民主勢力に対する弾圧と大量虐殺事件を知ったのは、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が1989年に世に問うた名作『非情城市』によってであった。この作品はヴェネチア映画祭で金獅子賞の栄誉に輝いた。しかし受賞とはかかわりなく映画史に残る名作である。DVDを買い求めて何度も見たが、見るたびに感動を新たにする。
 この映画によって突然有名になったまちがある。九分である。映画のロケ地となったことで突然台湾有数の観光地に早変わりした。私も一度訪れたが、あの映画のシーンを思い起こさせて懐かしさを感じた。
 台北中心部の官庁街にこの事件を祈念した公園がある。
中心に祈念モニュメントを置き、台北二・二八祈念館がある。一度訪ねてみたいと考えていたが、あまりに中心部にありすぎて機会がなく、今回の旅でようやく実現した。残念なことに祈念館は修理のため休館中であった。
R0010880.JPGのサムネール画像 建物の前には犠牲者たちの写真が展示されている
。この事件の正確な犠牲者数はわからない。もちろんどこで遺体が処理されたかもわからない。
 モニュメントの中には噴水と池があり子どもたちのとって格好の遊び場になっている。このように触れることが可能で遊びの場所にもなり得るような記念碑の形は大変好ましく思われた。
R0010883_edited.JPG 映画を見る以前の私の台湾認識は中国共産党のいう「一つの中国」論に傾いていたし、台湾内部についても外省人と内省人の対立という図式で十分だと考えていた。今の時点に立って考え直してみると、ほぼ半世紀にわたる蒋介石一派の戒厳令による支配は台湾人への民主化への希求を萎えさせることはなかった。むしろ新しい台湾人の国民意識を発展させているように思われた。この公園の名称が「和平公園」であることの意味を考えていた。弾圧と虐殺の歴史的事実をふまえて新たな和解をめざすという政治的態度に感服させられた。
 ネルソン・マンデラに率いられた南アフリカが進める人種間の対立を和解によって乗り越える路線との共通項を考えていた。21世紀の新しい国家観につながる体験ではないのだろうか。

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