台湾統治と宗教政策−2010年4月台湾の旅(10)−

 どいうわけか今回の台湾旅行では宗教に関心が集まった。最近の私が「習俗」に関心を持ち始めていることも影響しているかもしれない。
 しかし考えてみれば、植民地支配における宗教の果たした役割を明らかにすることは近現代史研究の重要な課題ではないか。しかも単に宗教それ自身だけでなく教義に依拠した経済的、社会的理念も強要されたのだ。キリスト教はその一派が狂信する選民思想によって多くの植民地で過酷な人種主義的支配を作り出した。
 日本の東アジアにおける植民地支配の宗教政策の核心は国家神道の強制であったことは確かだ。しかし国家神道は体系的な宗教であるというよりも、現人神たる天皇の拝礼を強制する政治制度であった。宗教としてみると、教義は曖昧でいい加減なものであった。
Save0016.JPG そのために拝礼の対象として神社を多数建立する必要があった。台中市に建立された官弊大社である台湾神社を頂点に68社あったという。台湾神社には、北海道の先例にならい、開拓三神が祭神とされ、同時に北白川宮能久が祀られた(注1)。
 北白川宮は近衛師団長として日清戦争に加わり、台湾に侵攻したが台湾住民の武装抵抗と風土病に悩まされて苦戦し、1895年10月に台南で陣没した。抗日分子に暗殺されたとも言われる。死の翌年、貴族院と参議院で台湾に北白川宮を祀る神社を創建することが決議され、皇族で最初の戦没者として、蕃地を平定した英雄としてヤマトタケルになぞらえて称揚されたという(注2)。侵略者を祀り、台湾全土の守護神として拝礼することをを強制するというのだから、驚くべきことではないか。
 このような強圧的な不条理ば現地の宗教や習俗に対する抑圧を生み出したことは容易に想像できる。
 仏教の植民地進出、とりわけ台湾進出についてはあまり研究がないようだ。しかし、天皇制への屈服、戦争協力の状況に照らして、植民地で果たした役割もかなりの確実性を持って推測できるというものだ(注3)。
 菱木政晴氏の研究を少し長くなるが引用しておこう。
 「教団の戦争協力や植民地布教を自覚的に反省している「日本仏教」は、数少ない。1987年に大谷派が、1990年に本願寺派が、それぞれ「戦争責任告白」を行ったが、その中にも、植民地布教についての具体的言及はない(その他の教団においては、こうした多分に形式的な「戦争責任告白」すれ行われていない)、したがって、自分たちこそが、国家神道の担い手だったという痛切な認識はまだないと言わねばならない。
 大東亜共栄圏思想を侵略思想ではないと強弁しないかぎり、日本仏教との中国や植民地民衆との接触を、今、
仏教者として、肯定的に評価できる点はほとんどないと言うべきだろう。それは、布教にかかわるすべての活動が、侵略と植民地支配の目的に沿っていたことが、今や明らかになったからではあるが、そればかりではない。これは仏教ではなかったのではないか。こうした接触は、中国や植民地の民衆にとっては、時には命がけの、接触と抵抗のかけひきだったにもかかわらず、日本仏教の側が、それでもそこに仏教的な交流があったのだと自己肯定するとしたら、日本仏教が仏教として再生する手掛かりすら失うことになるだろう。」(注4)
 台湾で日本仏教の布教の跡をみて私が感じたことは、彼らは現場からとるものもとりあえず遁走した光景であった。菱木氏の鋭い提起を読んで、私は改めて彼らの口には出せぬ後ろめたさを感じた(注5)。

(注1)これらの点については次を参照。村上重良『天皇制国家と宗教』講談社学術文庫、2007年8月、242ページ以下。若林正丈「1923年東宮台湾行啓と「内地延長主義」」、『岩波講座・近代日本と植民地』第2巻(『帝国統治の構造』)1992年12月所収、94-96ページ。
(注2)村上重良、前掲書、168ページ。駒込武「異民族支配の〈教義〉ー台湾漢族の民間信仰と近代天皇制のあいだー」『岩波講座・近代日本と植民地』第4巻(『統合と支配の論理』)1993年3月所収、147-150ページ。
 村上重良によれば、靖国神社への合祀は「臣民」の戦没者に限られたいた。それにしてもあえて台湾に創建したと言うことに侵略者の強権的論理を見て取れる。村上重良、前掲書、168ページ。
(注3)菱木政晴「東西本願寺教団の植民地布教」『岩波講座・近代日本と植民地』第4巻(『統合と支配の論理』)1993年3月所収、157ページ以下。中国大陸、朝鮮での活動が分析されている。春山明哲氏によると、1910年(明治43年)に先住民「撫育」の手段として仏教諸派の僧侶を布教師として「蕃地」に派遣している。具体的な事実はわからない。春山明哲『近代日本と台湾ー霧社事件・植民地統治の研究ー』藤原書店、2008年6月、136ページ。
(注4)前掲論文、173ページ。

(2010.10.2)

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