アウシュビッツ・ビルケナウ収容所ー解放70周年を記念して(3)ー

IMG_20151217_0002_NEW.jpg  もう一つの収容所、ビルケナウ収容所。基幹収容所でもそのように感じたのだが、ここでも参観の人は見当たらなかった。当時の写真を子細に見ても人影はない。意識して人を写さなかったわけではないのだが。厳冬の12月に西側からわざわざここを訪れようというのは、変わり者の私くらいということか。
 広大な敷地である。解放されたときにはこの広大な敷地に収容棟が文字通り林立していIMG_20151217_0004_NEW.jpgた。ガス室や死体焼却場はドイツ軍が撤退直前に爆破したので、そのあとが残るだけだ。すべての木造の収容棟を火災から守り維持することは難しいという理由で、一部を除き解体された。
 かろうじて保存された収容棟は、粗末なバラックと言うよりもむしろ畜舎とでもいうべきものであった。この無人の畜舎にはいって今は何も置かれていない木製ベットの群れの間に身を置いたとき、空気も凍るような静謐さのなかで私は自分の身体をどこに置くべきなのかIMG_20151217_0005_NEW.jpg一瞬たじろいだものだった。
 私の生まれ故郷ではあれほどに気温が低下すると、木が泣き始める。木の割れ目に入っている空気が膨張して木がきしみ始めるのだ。ところが、この建物の中ではきしみの音一つ聞こえなかった。いや実際にはなっていたのかもしれないのだが、あの静謐な空気に捕らえ込まれていた私には何も聞こえなかった。あの時に撮影した写真から、不思議なことにあの空気を思い起こしていた。
 この場所は「観光」目的や好奇心だけで訪れるところでは決してない。夏に訪れるなら、印象はまったく違
IMG_20151217_0003_NEW.jpgったものになっていただろう。取りIMG_20151217_0011_NEW.jpg壊された「畜舎」の跡は広々として緑に覆いつくされ、牧歌的な周りの雰囲気の中で見る畜舎群はここに収容された人びとがの悲嘆と怨念を厳冬のあの時と同じように感じ取らIMG_20151217_0012_NEW.jpgせてくれたであろうか。

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