アウシュヴィッツを生き抜いたチェコ人指揮者カレル・アンチェルーアウシュヴィッツ強制収容所解放70年ー

 今年はナチスの作った強制・絶滅収容所の中でも最もよく知られているアウシュヴィッツ強制収容所がソ連軍によって解放されてから70年の記念の年である。地球上至る所でこの収容所の意味が静かに語られている。私もその流れに加わりたいと願っている。
 いずれ書きたいと思っていることだが、私は訪問を切望していたこの収容所を1977年冬に訪れた。それ以来、独裁や全体主義を生み出す人間の愚かしさと狂気、戦争を準備して人種間の憎悪をあおり立てる現実が繰り返されるのを体験して、ヨーロッパ近代に発する思想に依拠して学び続けてきたことに率直に言って私は動揺し続けている。
 この組織的殺戮はナチズムやヨーロッパの内在的とされる反ユダヤ主義のせいだけではない。ホロコーストにばかり関心が集まっているが、ロマも殺されたし、共産主義者も社会民主主義者も殺された。アウシュビッツで殺されたコルベ神父はポーランド人であった。
  見境のない弾圧と殺戮は、収容所こそこさえなかったものの、この国でも治安維持法その他の弾圧法で多数が捕らえられ、殺された。労働者や農民、体制に批判的な大学教授も大学から放逐され捕らえられた。日本人だけでなく、朝鮮人も犠牲になった。今の時代状況を見るにつけ、「売国奴」「非国民」という言葉を聞くたびに、私は震え上がる。新たな「治安維持法」も間近ではないか。アウシュビッツは人ごとではないのだ。
IMG_20150707_0001_NEW.jpg 先日、ウィーン交響楽団のフェイスブック上で1958年にウィーン楽友協会ホールでカレル・アンチェルの指揮で演奏されたドボルザークのの交響曲第9番その他の録音がCD化されたことを知った。その宣伝文を見るまでは、私は彼がうけた過酷な過去を知らなかった。
 カレル・アンチェル、ナチがユダヤ人を閉じ込めるために現在のチェコ領内に作った人口都市テレージエンシュタットとその収容所に収容され、そこでナチの宣伝のために結成された楽団の指揮者にさせられた。その後アウシュビッツに送られて、家族はみな殺され、彼だけが生還できたた。それは奇跡としか言い様がない。Karel Ancerl.jpg生還後はチェコ・フィルハーモニーの首席指揮者に就任し、この国にも1950年代終わり頃に演奏旅行で来ていはずだが残念ながら聴く機会が与えられなかった。
 このCDを聴きながら、その生涯に残された痛みを私の記憶にいくらかでもとどめ、私のアウシュビッツへの思いを書き記す最初のページにしたいと思う。(2015.7.11)

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