「修身」という科目に点がつけられていた時代ー8月に思う(3)ー

 初等教育で「修身」という科目が巾をきかせた時代を生きた。私が国民学校4年生までの思い出はこの「修身」教育に関するものばかり。学校での楽しいことなど思い出しようもない。それほどまでに私の脳髄の深層にたたき込まれている。
 戦前の憲法への復帰を願う勢力はいったい国民教育をどのような理念で再編しようとしているのだろうか。そのことをあれこれ考えていると、私は恐ろしさに身が震えてくる。あの「修身」教育を体験した人が少なくなっている今、その体験を書き残しておくことは、私に残された人生の最重要の仕事だと思い始めている。いずれ書くことになるだろう。
Save0012.JPG 当時の国民学校の通信箋を紹介しておこう。これは私のものではない。私の記録は学校が保存すべきだった学籍簿さえも燃え尽きて、なにも残っていない。これは転校していて戦禍を免れたY君の提供によるもので、2年生の時のものだ。これをみて気がついたことがいくつかある。
 一つは、「国民科」という科目群があり、「修身」はその冒頭に位置ずけられていたことだ。つまり「修身」は国民学校の沢山ある科目のうちの一つ、ただの科目ではなかった、すべての科目を束ねるかなめの役割を演じていたのだ。「国語」「国史」「地理」「郷土」という科目は、「修身」に十分に練り込まれて皇国史観(というよりも)神話史観)と教育勅語の神髄を敷衍するためだけのものだった。
 楠木正成親子や児島高徳の尊皇精神は「国語」で教えられたのか、それとも「修身」「国史」でだたったか、記憶ははっきりしない。しかし、どの科目でおしえられようと、その本質は同一であった。
 数々の儀式と多様な形の敬礼によって学校は天皇を頂点とする祭祀の体系の中に組み込まれ、生徒に強制された。生徒の日常は、登校時の奉安殿への最敬礼から始まった。皇居の方角への最敬礼が毎日の朝礼の習わしであった。敬礼と最敬礼は頭の下げ方、手の位置、時間に至るまで明確に定められ、それに少しでも違反するものがあれば、容赦なく体罰が加えられた。頭を早く上げすぎだ、頭を下げる角度が違う、白い歯を見せた等、子どもなら日常的に示す差違をことさらに不敬の態度に仕上げていた。
 いったいいくつ儀式があったのだろうか。天長節、地久節、明治節、建国記念日、神嘗祭、新嘗祭、大詔奉戴日等々、まだあった筈だ。それぞれで御真影に対する最敬礼があり、御真影の前で校長による「教育勅語」の代読があり、君が代斉唱があり、式歌や奉祝歌の斉唱があった。敗色濃厚になり、本土決戦が叫ばれるようになると、教師たちは朝礼と儀式でますますヒステリックになっていった。彼らはどんな体罰でも天皇の権威で許されると考えていたに違いない。
 もう一つ、「修身」」には評価がつけられていたことだ。優、良、可、不可という評価の基準は何だったのだろうか。これは人格や思想の評価ではないだろう。戦時下の教育では、異質の思想が教室に持ち込まれることは起こりえなかった。天皇が「現人神(あらひとがみ)」であるということについて、自分と同じ人間がどのように神として生きているのか、いくら考えても理解できなかった。教室で率直に疑問を呈したら、いったいどういうことになるかは予想できた。だから質問は封印していた。
 差がつくとしたら、記憶力だけだったのではないか。「教育勅語」や神武天皇に始まる今上天皇に終わる天皇系譜を暗記し、よどみなく暗唱すると教師が褒めた。記憶力に優れた生徒が教師に褒められた。大学に入学してから同級の友人たちのなかにはこの二つをまだ完璧に暗唱できるものがまだ沢山いたのに驚いた。その頃には私はほとんど忘れかけていた。最近、「軍人勅諭」や「戦陣訓」の1節が不確かな記憶の中からふとよみがえってくることがある。兵士が携行を義務づけられていた軍隊手帳に収められていたこれら重要文書の全文を暗記させることはしなかっただろうが、その一部については繰り返し説諭したに違いない。だから記憶にすり込まれているのだ。
 敗色濃厚となり、アメリカ軍を本土に呼び込んで最後の闘いをと号令し始めていた。本土防衛に必要な兵士は不足していた。特に北海道では深刻だった。国民全体を武装させなければならない、そのためには時間が必要だ。学校で軍事規律を押しつけられている生徒を兵士に仕立てあげよう、そのほうが手っ取り早く安上がりだ、それが北部方面軍首脳の結論だった。学校の兵営化が急速に進んだ。戦争が長引き、米軍が北海道に上陸していたら、あの土地は沖縄同様凄惨な闘いの場になっていただろう。
 戦時下の「修身」教育は子ども少国民に、兵士に仕上げるための手法であった。異論を取り除いたら「愛国心」を一方的に子どもの脳髄にすり込むことなど簡単なことだ。その先に待っているものは明らかではないか。(2016.9.8)

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01