「8月15日」を考える

 毎年巡ってくるこの日の記憶をよみがえらせることを必死に抑えてきた。今年は少しはその自制から解き放たれたい気分になっている。
 私自身の社会批判の原点とも言うべき体験を記録にとどめることなどいかにも幼稚で青臭いことと思い続けてもいた。戦後70年が節目であり得るとすれば、それは総理大臣が談話を発表するかどうかなどという騒ぎとは関係ない。私にとってはもっと単純なことだ。これからは一年一年と戦争の体験者は消えてゆく。私にとっても戦後80年はあり得ないかもしれない。そのような思いで今年を迎えた人は多いのではないだろうか。先日の戦没者追悼式での平成天皇のお言葉が注目された。天皇もおそらく同じ思いで臨まれているのではないだろうか。
 1ヶ月前の空襲で足が不自由だった祖母を助けられず、焼き殺されるのを阻止できなかった。私も私の家族もそのことについて自責の念に駆られ、現実を受け容れがたく呆然と生きていた。空襲ですべてを焼き尽くされ、着のみ着のままで生き延びた。実の母を救出しようと苦闘した父は、脱出するときに現金も預金通帳も愛国国債の束もすべて家の残した。父がそれらを隠した場所を焼け跡に発見した時の状景はいまでも記憶に残る。火消し壺のふたを取ると、紙幣は見事に模様を残したまま蒸し焼きにされ、風ですべてが舞い上がった。あの状景が全財産を失った最後の状景であった。
 艦載機の激しい波状攻撃にも耐えて焼失を免れた山手の国民学校の運動用具を格納する部屋を一時的借りることが出来た。用務員の方の好意によるものだが、おそらく学校が再開されるまでと言う約束だったろう。部屋の引き戸には無数の爆弾の断片が刺さりこんだ跡があり、部屋の中にもいくつか落ちていた。
 文字通りの無一物、その上鉛筆1本、紙一枚なかった。絶対的な貧困、これ以下はあり得ない生活状況、これが私の戦後の出発点であった。「玉音放送」などあってもなくてもなくても、どうでもよかった。戦争によってどん底に追い込まれ、ぼう然と生きていたものにとって、無意味なセレモニーだったのではないか。 8月15日が巡ってくるといつもこの気分に落ち込んでしまうのだ。広島、長崎、沖縄、そして空爆によって破壊された都市の住民のほとんどの現実だったのではないか。
 戦争をこの日のあたりになるとメディアを介してまことしやかに語られる体験や、映像によって美化される支配層の姿は、地を這うような日々を強いられた私には異界に生きた権力者たちの国体と自分を守るための右往左往であり、戦争の悲惨な結末から逃れるためにもがいていた人びとには無縁の世界であったと思う。しかしながら、この日は戦争に責任がある権力者たちや多くの扇動的知識人にとっては重要な出発点となっのではないか。
 そもそも8月15日とは、昭和天皇の「聖断」によってポツダム宣言受諾を宣言した「玉音放送」が流された日であって、戦争の最終局面の一つの場面に過ぎなかった。「玉音放送」後に権力者たちが素早く取りかかったのは、戦争責任を追及されぬよう証拠を隠滅することであった。扇動者たちも彼らの戦争擁護の態度を転換させる論理を思案し始めていた。私どもが飢餓の境地をさまよっているとき、彼らは戦争責任を追及されぬよう巧みに立ち回ったのである。
 このことに気づき始めたのはずっと後になってのことだが、戦争責任をうやむやにする態度を私は何よりもまず、天皇の権威を背景に軍国主義を生徒に強制した教師たちに感じ取っていた。
 校舎は焼失し、ちりじりになった生徒たちが集まり始めたのはいつ頃だったろうか。別の学区に避難していた私が、集まっていることを人づてに知ったのは、かなり後のことだったと記憶する。私の学区は完璧なまでに焼き尽くされ、多くの家族がまちの外に移住したり疎開したので、集まった生徒の数は少なかったと思う。
 集められた生徒の前で、教師たちは「8月15日」をどのように語ったか。「日本は戦争に負けた」とは絶えず口にしていたと思うが、戦時下での教育者としての責任を語り、謝罪した教師は私の記憶にはない。責任を感じて退いたという話も聞いたことがない。教育勅語を壇上で読み上げ、生徒に最敬礼を強いた校長も、軍人勅諭や戦陣訓までも生徒に強要した教師たち、教師の暴力が日常的であった学校現場に対する責任を自覚した態度表明はなかった。時流の変転に合わせて彼らは見事に生き延びていったと思う。教師に対する不信感は募り、反抗的な態度をとることは多くなっても、4年生の少年には教師を批判する能力はなかった。
 「8月15日」が私に突きつけた課題は、70年たった今でもくすぶり続けている。これは私だけの問題ではあるまい。権力を握っていたものたちやその構造の末端に連なっていた者たちも含めて、戦争責任が国民によって解明されぬままにきたことが、また彼らの延命を許したことが、今日の政治や社会、そして経済の仕組みにいたるまで大きく影響していることは明らかなのだから。(2015.8.27)

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