唐亮『現代中国の政治−「開発独裁」とそのゆくえー』(岩波新書1371、2012年6月)

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 地球大的経済の全体像を捉えきるという課題への接近のかなめは中国の理解であることは異論をまたないであろう。この国こ関する私の知識は驚くほど少ない。かって左翼学生として学んだ中国論は今では全く役に立たない。それだけにこの国の現状や歴史について、少しはまともに見える書物を発見すると、可能な限り目を通すようにしている。本書も目についた一冊であるが、率直に言わせていただくと、失望した。開発独裁モデルというかってよく聞いたような概念が再登場し、アラブの春以前のアラブ独裁体制もすべてこの概念でくくるのだからやりきれない。しかも、欧米モデルと社会主義モデルの中間的形態として積極的に理解する。彼のとらえ方にならうなら、北朝鮮もミャンマーもすべてここにくくり込まれることになるのではないか。これでは大ざっぱすぎる。もっと精緻な区分を求めたい。
  著者の課題はこの国が一党支配に基づく権威主義的体制から欧米型の民主的体制への脱却の道筋を示すことにあるらしい。彼の主張のかなめは、今進んでいる上からの改革には限界がある意見はあまりに「生態的」「決定論的」だと批判し、ゴルバチョフ的な急進的自己改革をとらずに、漸進的な改革を支持することにある。支持すると言うよりも願望しているといったほうが正確だろうか。
 分析によって問題点を抉り出すよりも、著者は随所に論証のない願望を示すことによって問題を回避している。一党支配を放棄する条件はどのように成熟しているのか、改革を求める国内の民主化運動がはたしてその核心に迫れる力量とスローガンを提示できるのだろうか。その点についての明確な指摘がなくては、「雪だるま式に自由化が拡大する可能性」に期待するなどと言っても、説得力がない。
 本書の欠陥は、中国の政治権力の中枢にある人民解放軍についての分析がないことにある。共産党に服属する、いうならば私兵のような軍隊がいったい自由化の過程でどのような役割と位置を占めることになるのか、詳しく知りたいところだ。さらにもう一つ、民族問題、とりわけウイグル族、チベット族の抑圧は自由化の核心ではないのだろうか。著者はこの問題を意識して避けているように思えてならないのだが。(2012年9月18日)

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このページは、kitanihitoが2012年9月30日 16:49に書いたブログ記事です。

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