高度経済成長を総括するための基本的態度 ー経済成長は人間を豊かにしたか(1)ー

 1960年末に池田内閣が「国民所得倍増計画」を決定、発表してから、すでに半世紀以上が経過した。それ以来開始されたいわゆる「高度経済成長」の時代は、東京オリンピック、大阪万博、日本列島改造等の「成功体験」を含んで神話化されている。政治的危機が深まると、この神話が思い起こされ、「経済成長」なしには豊かになれないかのような政治的態度に見事に攪乱され、国民は騙される。
 騙されるのはある意味無理もないことだ。日米安保条約改定反対運動を体験し、その直後に開始されたこの経済政策の実践を当時20歳前後で体験できた人は今では70才を超える。人口の圧倒的部分はこの実践過程を知らない人たちだ。しかも、それによって何が実現され何が失われたかという点で「高度成長」以前を知る人はもっと少ない。それだけに、「高度成長」を体験した人々、とりわけそれ以前を知る人々は率直にこの時代を振り返り、それが実現したものを総括して後の人々に残すべきだと思う。それは決して年寄りの繰り言やあいもかわらぬ昔話と片付けられてはならない。
 同時に、大なり小なり戦後の先進諸国を捉えた経済成長に比較して日本の成長過程は特異なものであったことは確かである。「西ドイツ経済の奇跡」と賞賛された戦後西ドイツ経済でさえその速度という点では比べものにならない程度であった。しかし問題は「率」ではない。何が実現されたのか、何が壊され何が残ったかが問題なのだ。社会の深部に至るまで捉えきり国民をあげてエコノミックアニマルと化してしまったような体験は日本に特異なものではないか。
 国民の忘れっぽさと世代交代をいいことに、またぞろ繰り返され、将来に付け回しをする愚かしい経済政策に対する対抗するためには、体験した者は率直に語るべきだ。率や数値の比較ではなく、社会の深部まで捉えたこの国の大変動の時代の体験を語るべきだ。外国を知るものはその体験と日本の現実との比較を語るべきだ。
 数回にわたることになるが、あまり論理的ではない私の戦後経済史体験を書き連ねてみたいと思う。

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このページは、kitanihitoが2013年2月12日 10:24に書いたブログ記事です。

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