資源問題と民主主義

人類は地球環境危機によって遠からず重要な生存の岐路に立たされるとする警鐘が現実味を帯び始めた。これらの警鐘は、産業的利益の擁護者たちや戦争の推進者たちによって確証のないイデオロギッシュな主張として無視され続け、時には嘲笑の対象にさえなってきた。地球温暖化に起因する気候変動と推定されるさまざまな異変が発生している今、それらの警鐘を率直に受け入れ、提起された主張を現実政策の次元に急展開させることが求められている。とりわけ化石燃料消費の大幅削減の手だてを真剣に考える必要がある。最大のエネルギー浪費であり、自然や文化遺産、景観を破壊する戦争を即刻停止する勇気を指導者たちは示すべきである。
 そのような状況に直面しているのに、現実政治の担い手たちの対応は鈍い。鈍いというよりも、危機意識を持ち合わせていないとしか言いようがない。官僚組織は政治家よりは判断ができるように見えるが、それも彼らに十分な学習能力があり、彼らに仕事を委ねる政治家の水準が高い場合に限ってのことだ。それ以上に問題なのは、市民の環境意識の水準の低さである。
 深刻化する地球環境危機に加えて、地球資源の収奪に弾みがついている。主要資源価格が高騰し、資源をめぐる争いは深刻になっている。特に原油価格の高騰を背景に展開される採掘権をめぐる争いがメディアを賑わせている。地球資源の有限性が検証できる局面に入り始めたとする主張が力を得て、「枯渇」の危機の到来が声高に論じられはじめている。
 資源に関わる危機は二重に展開されている。ひとつは資源浪費による汚染の危機である。この危機は、冒頭に指摘したように、地球規模で共通の認識になりつつある。もう一つは価格騰貴と乱高下、供給の不安定性に示される危機である。この危機はグローバル資本主義の下ではさらに深刻になるに違いない。その中で枯渇の危機が確実に進行している。枯渇は近い将来に直面する問題ではないにしても、地球の資源が有限である以上遠からず現実政策の課題となる。油田の買いあさりや再生可能なエネルギー開発をめぐる競争を見ると、先進地域のリーダーたちは「枯渇」は目前に迫っていると不安を抱き始めているが、真実を直視しようとはしない。
 枯渇に向かう奔流は製造業のための原料に予定される資源にとどまらない。「水」「生物資源」「土壌」等の地球共有材の枯渇は決定的である。人口爆発と生活水準の向上は食料消費を拡大させている。「食のグローバル化」によって先進国の飽食は加速度的に進む。漁業資源や農産物をめぐる争奪戦の過熱ぶりは石油以上である。「水」不足も多くの局地的武力紛争の原因になっている。このように見てくると、現代の資源をめぐる危機的状況は全般的であり、全般的資源危機と命名してもよい広がりと深さを示している。
 持続可能な人類社会を実現するために、地球資源の利用を適正な水準に維持して汚染による環境危機とあわせて解決策を考えよう、その利用を持続可能で公正なものにすべきだとする声も高まってはいるが、その声も資源の排他的囲い込みを目指す資源戦争の進軍ラッパにかき消されてしまっている。他国を出し抜いて、あるいは武力に訴えてでも、安定供給を実現する、これが音色の違いこそあれ各国の進軍ラッパのライトモチーフである。
 この危機を解決する手だてはあるのか。そのためには、そもそも「資源」とは何か、「資源問題」をどのように位置づけるかについてもう少し議論を深めなければならないだろう。先人たちがこのことについて考え実践したことが忘れ去られ、十分に語られ論じられてこなかったことにも、今日の資源をめぐる不協和音の原因の一つがある。社会科学がこの問題にもう少し真摯に取り組んできていたならば、問題の解決の道筋を今よりははるかに明確に示すことができたと思う。そのような自責の念を込めながら、「資源」について考える道筋を示し、直面する「資源問題」の解明のための示唆を得たいと思う。

 名城大学経済学部で2005年度後期に「国際経済政策論�」の講義を「資源・エネルギー問題と持続可能性」をテーマに行った。その講義案に加筆し、注と参照文献を付して出来上がったのがこの仕事である。2006年11月にKIOG Working Paper No.0601として公表したが、幸いなことによい評価を頂き、地域文化学会機関誌『地域文化研究』第9号(2006年12月)、『葦牙(ASHIKABI)』第33号(2007年7月)に全文が収録された。今回の再発表にあたっては、校正ミスと文章表現に手を入れるだけに止めた。例証は古びているが、展開されている論理はまだ十分に生命力を保持していると確信している。(2012年3月31日)

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このページは、kitanihitoが2012年3月31日 16:09に書いたブログ記事です。

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