2015年1月アーカイブ

 沖縄」という地名を聞くたびに、私はいつも熱くなっていたものだ。学生時代に自治会の幹部として沖縄返還運動に関わり、沖縄の本土復帰実現に自分なりに全力をあげてきた当時を思い起こすからだ。
 同時に最近の私は忸怩たる思いにもとらわれる。憲法9条にしたがって基地のない核のない沖縄を平和を希求する日本に取り戻そうという思いは、1972年に当時の総理大臣佐藤栄作が主導して実現した返還によってものの見事に封じ込められてしまった。核付き基地付きで返還されただけでなく、この国の保守勢力が憲法を無視して走り出すきっかけともなってしまった。こともあろうにその佐藤栄作が返還を実現したことが評価されてノーベル平和賞まで授与されたのだからたまらない。
 権力側に返還という運動目標があのように見事なまでにかすめ取られて以来、いったい憲法の掲げる平和を守るという理想のために私は何をしてきたのか、普天間・辺野古問題に対していったい私はいま何ができるのか、いつも自問していた。体力が許すなら、沖縄に出かけて闘争に参加したい気持ちは募るばかりであった。参加できるならば、それは自分のこれまでの無知無能に対する贖罪の旅になるはずだった。

 この論考は『東アジアの平和と宗教』(『リーラー』、vol.8)文理閣、」2014年9月に掲載した同名論文の原稿である。
(2015.1.9)

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