信心深い庶民のまち鹿港(ろっこう)ー2010年4月台湾の旅(4)ー

 台中から西に向かう と海に面してこのまちがある。最近観光地として注目されはじめ、最近NHKでもこのまちをとりあげている。4月22日、R君の学生の案内でこのまちに向かった。なぜこのまちにひかれるのか。台北も台中も政治と行政のまちである。鹿港は普通にひとが住むまちだ。そのようなまちを一度訪ねてみたかった。
 港はすでにないが、かっての港町の風情が残る。狭い、曲がりくねった路地、見張り窓が残る。今は観光用に修復されている。大きなレストランもなく、 みな門先にいすを置いた程度の小さく一見すると粗末な食堂である。昼食に立ち寄った店の牛肉入りソーメン単品を商い美味であった。台湾の食の楽しさは夜市にとどまらない。
 このまちの最も大きな特徴は寺が多いことだ。なかでも海上安全をつかさどる媽祖(まそ)を祀った天后宮は台湾最古という。この寺に至る道は提灯で飾られ、近隣には仏像、仏具、提灯等を商いする店が並ぶ。参詣者を当て込む屋台も多い。門前町がR0010803.JPGこのまちの大きな顔である。媽祖信仰は日本統治時代は弾圧されたという。中国南部から移住者たちによって持ち込まれた媽祖信仰は東南アジアから日本の長崎まで広がっている。中国本土では文化大革命で弾圧破壊されたというが、ここではますます盛んに信心されている。学業成就の神様もあり、多くの供え物が捧げられていた。私も案内の学生たちと共に学業の向上を願った。
 なぜこんなにも多くのお寺や祠があるののか。おそらくは次々と移住してくる集団がそれぞれの習俗を持参し先祖を祀ったからであろう。そのことを考えながら私は北海道の最東端の故郷のことを思い出していた。あのまちも人口に比べて寺や神社が多かった。っそれぞれの移住者集団が故郷の神社や寺、習俗を持ち込んだからであろう。冒険的航海者・商人として歴史上名高い高田屋嘉兵衛が最初に建立したという金比羅神社を一番古かったが、金比羅神社は航海者たちが航海安全を願って港町ごとに祀られ多くの絵馬が奉納されている。さしずめ金比羅神社信仰は日本の媽祖信仰とも言うべきものか。
 庶民の住む町に満ちている習俗と信心のあり方をつくづく考えさせられた一日であった。台湾を旅すると、神社もお寺も祭もない日本の大規模な団地がいかに非人間的なものかを痛感させられる。
(2010.4.13)

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