廃墟と化した西本願寺別院ー台湾の旅(6)ー

 

 西本願寺、正式には浄土真宗本願寺派は日本を代表する仏教宗派である。戦前の台北市の地図を見ると、その別院は総督府(現在の総統官邸)の西側の目抜き通りに面している。大きな敷地である。この宗派が台湾で何をしたのかについて、関心があった。当時約40万人いたとされる日本人への布教が目的だったのか、それとも植民地統治にもっと積極的にかかわることをめざしたのか。
R0010851.JPG 別院跡地一帯が文化財を包み込む形で公園になっていた。火災によって本堂や鐘楼は焼けたとされるが、鐘楼はまだ無残な姿をさらしている。他の建物も崩れかけであった。まわりのまたの繁栄と公園の緑の中でのあまりの荒廃に私は涙を抑えることは出来なかった。私の家は代々真宗の門徒(大谷派)であり、私自身も門徒であることを密かなよりどころとして生きてきた。それだけに、荒廃のなかにもなにがしかの凜とした雰囲気を期待していったのだが、そんな雰囲気はみじんも感じられなかった。
 周囲を探したが、これが西本願寺別院の址であることを示R0010857.JPGす案内板も見当たらず、朽ち果てて記憶が薄れていくのを待っているような風情であった。

 なんと表現してよいのかわからない寂寞感にとらわれた。それは多くの国や都市で遺跡を前にして抱いた感傷とはまったく異質のものであった。(2010.4.25)


 

R0010864.JPG

R0010866.JPG

 

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01