村瀬学『「食べる」思想』を読む

バレン10001.JPG 「もったいない」についてブログ記事を書いているとき、たまたま村瀬学さんの著書『「食べる」思想ー人が食うもの・神が喰うものー』(洋泉社、2010年3月)が目にとまった。食の問題は、地球的問題群の中でも解決の展望が簡単には見いだせない課題である。飢餓を地球規模で深刻化させないためには、先進国における食のあり方を再検討する必要があると考えている。
 先進工業国は工業製品輸出、さらに最近では投機によって得た資金余剰によって農産物を海外に求めることが出来る。人間に内在的な食の能力はグローバリゼーションに身を投じてしまうと弱体化する。どこで捕獲されたものか、どのような状況で栽培されたものか、すべてがわからなくなる。それとあわせて食の商品化や製造業への編入が進む。日本の都市部についていえば、食の比率に占める外食の比率は高まるばかりで、内食も工業的に処理された食品がほとんどを占める。生活様式の都市化によってこの傾向は地方都市や農村にも広がっている。食も効率を基準に選択されるようになる。調理時間や摂取カロリー、価格が比較され食の形態が選択されるようになる。
 この傾向が飽食を生みだし、その対極に飢餓を作り出している。このような状況下では飢餓はもはや第三世界諸国に限られたことではない。先進国内部にも飢餓は潜んでいる。食の質も危機にさらされている。 食のグローバル化、食の工業化の傾向に対する対案提示が求められている。
 『「食べる」思想』という本書のタイトルは私にはとても魅力的である。著者の村瀬さんは児童文化を専門にされている方だが、分野にとらわれず幅広く詳論の活動を展開しておられる。私とも旧知の間柄である。私の関心と共通する部分があればと期待して読みはじめた。
 「まえがき」ではまずデカルトの有名な命題の批評からはじまる。この点がまず私には気になるところだ。デカルトは毎日食べていた。誰かに食を供されていた。この関係は「私」を考える上で考慮すべきことではないのかと、筆者は問う。食することによって自分が存在するということを考えずに済ますことが出来たから、哲学者は「食べる」ことついて考える必要がなかったのだとする。哲学が、とりわけデカルトの時代において「食」を人間存在にかかわって捉える思想を作り出していたら、こんなにも「飢え」に苦しみ、「食いもの」にされる人々が「世界」にいることにむかんしんでいることはなかったのではないか、哲学の罪は大きいと主張される。
 デカルトや彼の時代の思想に対する過大評価ではないか。近代的自我の確立を高らかに宣言するこの命題はある種のドグマになっている。新自由主義学派、市場原理主義の思想的出発点に擬せられることがしばしばである。市場に個として登場し、競争の中で勝ち抜いたものが支配の力を持つとする思想は、確かにデカルトが解き放った思想の結実のように見える。現代資本主義の内からの、また外からの批判と対案提示が求められているのに、デカルトの命題批判だけでは解決できない。
 インド出身の思想家でシューマッハ・アカデミーの創設者であるサティシュ・クマールの『君あり、故に我ありー依存の宣言ー』(尾関修・尾関沢人訳、講談社学術文庫、2005年4月)もそうだ。関係性や依存の哲学の現実化はデカルトの批判だけではどうにもならない。 
 デカルトにとっても、あるいははるかにさかのぼって近代科学の祖とされるアリストテレスにとっても「食」に示される関係性は自明のことだったのではないか。都市と都市生活者の関係性は誰にでも認識されることだった。 
 筆者のいう「一口サイズ」の「食」はデカルトの時代のそれではない。北海道の田舎町で私が家族と共に食したものとも違う。得体の知れない現代の個食は資本主義的発展が捉え込んだ関係性の希薄化がもたらしたものを前提にしているように見える。本来「食する」ということは「個」の行為ではなく、集団としての行為であった。それは原始の農耕や狩猟の集団的作業にとどまらず、食それ自体が家族や共同体での集団的行為であった。一匹の魚でも一羽の鶏でも切り分けられ家族の中で配分された。食べる部位は家族内の秩序に従っていた。都市と地方の機能分担は自覚されていたし、都市生活者の農業や狩猟への敬意は維持されていた。
 資本主義の発展は「食すること」に示された関係性(あるいは人間に本来内在的な類的能力)を希薄にし、眠りこませ、部分的には解体して個別化を前提とする食の市場の中に捉え込んだ。現代の飢えはデカルトを批判しても始まらない。哲学の罪を問うても解決しない。
 自分の議論に引き寄せすぎずに、本の内容を読み進めてみよう(続)。
(2010.6.10)

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