沖縄

 

 6月23日、1945年のこの日沖縄に対するアメリカ軍の侵攻に対する組織的軍事的抵抗が終わって実質上戦闘が終わった日として記憶され、現地では犠牲者の慰霊行事が行われる。今年は普天間基地移設問題の解決が関心を呼びそれを契機に政権交代があったこともあってメディアの関心も高かったようである。
 この日を迎えるたびに私は沖縄をめぐる国民意識の危うさを思う。沖縄戦はアメリカの本格的な地上戦での日本本土攻撃であり、領土の一部が占領されたのである。
 サンフランシスコ講和条約によって「主権」が回復されたという。しかし日本の支配勢力は沖縄を切り捨てアメリカに生け贄として差し出したのではないか。これはまさに第二の「琉球処分」ともいうべき恥ずべき行為ではなかったのか。この日は国民全体の記念日として沖縄が払わされた犠牲を考えるべき記念日とすべきではないのか。
 アメリカは沖縄占領に当たって日本近代に孕まれている沖縄支配の弱点を最大限に利用したように見える。サンフランシスコ条約には沖縄という地名はない。聞き慣れない「南西諸島」として、それが日本の本来的領土でないかのように表記されている。統治にあたって「琉球」というかっての国名を利用したのにもその意図が読み取れる。
 天皇も含めて日本の支配層には明治初めの「琉球処分」以来の沖縄差別に加えて、沖縄を盾にして、沖縄県民を盾にして「本土」を護ろうとする態度が一貫していたのではないか。沖縄問題の解決は日本近代の汚点と恥部に関わている。普天間基地問題をめぐる議論をみていると、国民意識に内在するこの沖縄認識を無視しているといわざるを得ない。「沖縄を返せ」「基地のない沖縄を」というスローガンは一部左翼とリベラリストたちの政治スローガンではあってもアメリカの核の傘の元で政権維持を計り続けたやからのスローガンではなかった。
(2010.7.5)

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01