テオ・アンゲロプロス追悼

 ギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロスの死が伝えられた。新作を撮影中の事故死であったという。
IMG_0001a.jpg
 アンゲロプロスの作品に接した最初は、1975年に公開された『旅芸人の記録』であった。日本での公開は数年遅れて1970年代末だったと思う。この映画を見たときの感動を私はいまも忘れることの出来ない。旅芸人一座を狂言回しとして、彼らの演じるギリシャ古典悲劇とギリシャ現代史の展開が見事に重ね合わされる。その構成の見事さと映像美に息をのんだものだった。その日以来、私は彼の作品にとりつかれ続けている。
 私と同じ年の彼はおそらく学生時代に左翼の政治活動に身を投じ、その後の挫折の苦悩を今なお引きずって生きてきたと思う。ギリシャという小国で無力な国が大国の利害や東西対立の中で翻弄され、殺し合ったあの時代の体験を基礎に彼の映像に示される時代認識に、同時代を生きてきたものとしての体験を重ね合わせ、いつも強い共感を覚えた。
 その頃私は第二次大戦後のヨーロッパ資本主義を研究していたので、ギリシャ問題に関心があった。この国の政治的危機とアメリカの介入が戦後世界再編の結節点であった。資料がほとんど手に入らず、月並みな規定に終わったが、独立戦争以来続く大国の干渉、長期にわたる軍事政権はこの国の安定的な発展の可能性を奪い尽くしたように思われる。そのことが今日に至る根深いギリシャ人差別の根源にあるように思われる。古代ギリシャ文明をヨーロッパ現代に継承される源と称揚されながら、ギリシャ人に対する差別は広がっていったのである。移民や出稼ぎ労働者に対する差別は周知の通りである。
 彼の映像に示される情景はすべて曇天か霧の中、雨や雪の中で演じられる。『旅芸人の記録』だけでなく最近作『エレニの旅』に至るまで、地中海世界とは到底考えられないような、その意味では非現実的な天候が設定される。私の好きな作品の一
IMG_0002b.jpg
つである『永遠と一日』で示される末期癌に冒され人生の最後生きようとする知識人の心象風景を映すのに、曇天こそがふさわしかったと思う。ギリシャ人であることの悲しみや苦悩を表現するのには、この表現法こそ適切であった。
 ヨーロッパ経済危機の中でいま改めてギリシャに注目が集まっている。そこにはEU内先進国のギリシャ差別が滲み出ている。同時に大国の干渉と庇護の下に安定をかろうじて維持してきたこの国に支配的なもろさも表れているように思われる。ギリシャの悲しみの歴史はまだ続いているのだ。
 アンゲロプロスはこの時代を映像を通じてどのように語ってくれるのか、期待をしていただけに、早く逝ったことが残念でならない。
 『旅芸人の記録』をDVDで見ながら、追悼したいと思う。
(2012.1.30)

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01