田中真紀子の勇み足とかたづけてよいものかー大学という伏魔殿を一体誰が掃除するのかー

 田中真紀子文部科学大臣が三大学の新設認可を保留したことで騒動が起きた。あまりにも唐突なやり方だったので、さまざまな勢力から批判を浴び、結局は撤回せざるを得なかった。
 田中のやり方の是非はおくとして、彼女の意図は設置認可制度の改革にあったことは確かである。文部科学省が話を進め、大学関係者からなる設置審議会が追認するという現在の仕組みが続く限り、大学の新設は続く。この仕組みには裏のからくりがあるようだ。そのからくりを暴き、改革しない限り、大学は増え、質の低下は加速する。
 この国の大学の水準の低下をこのまま放置してよいのかという声は方々で聞かれる。研究水準の低下だけでなく、人材育成の失敗にも大胆なメスを入れなければならないのではないか。私が社会科学を教えた学生たちが、今社会のさまざまな分野で指導的立場に立ち、企業経営のトップや中堅を占めている。彼らが大学で学んだもの、学ばされたものの水準はよくわかる。最近の政財界の人材能力の低下、企業トップの考えられないような腐敗、いくつかの代表的企業の経営危機を観察すると、時代の要請に応えられる人材育成に問題がありそうだ。そんなことまで、私が考える必要がない。教育現場を統制し研究や教育の自由を奪ってきた結果がこれだ。私は時流に大胆に逆らって生きてきたとは到底いえないのだが、それでもどうだ俺の言った通りになっただろう、と叫びたい気になる。
 ところで、これまでの人生の主要な部分を大学で過ごしてきた私にも、大学設置の仕組み、財務公開、定員充足率についての正確な情報を手に入れる方法を知らない。私立大学の新設はもっと奇々怪々の裏事情があるようだ。一つは文部科学省の官僚たちの再就職口になっている実態である。大学新設、学部新設の話の中でたくみにポストを確保しているのであろう。大学側も採用しておけば、そのうち文部科学省に口利きをしてくれるなどという思惑があるのだろう。その実態は把握しようがない。田中真紀子の足を引っ張った最大の勢力は文部官僚に違いない。最近の報道によると、設置審議会を作り直し、設置基準も改定を検討するのだそうな。この対案を出して田中をなだめたに違いない。大学の質の低下は新設基準の見直しで押さえられるものか。
 地域のボス、政治家たちは大学の理事長や学長になりたがる。ときには大学財政にたかる悪徳ボスもいるらしい。この実態もスキャンダルが表に出てメディアが取り上げる以外はわからない。日本の大学制度はこの水準のものも含んでいるのだから、水準が落ちるのは至極当然のことなのだ。認可を拒否された大学側がまず自民党に駆け込んだのもうなずける。彼らにとって一番頼りになるのは自民党文教族なのだから。
 大学が公教育を担う組織であるというなら、国民の税金による助成を受けているのなら、国民に対する情報開示は当然のことではないか。企業の場合は、株式市場に上場する場合には、年々の経営開示を求められる。粉飾決算は処罰される。インサイダー取引も論外だ。すべての投資家に公正な情報を提供するのが企業の責任である。大学もそうなるべきだ。
  メディアは大学問題についてもっと学習し、問題に深く切り込んで、国民に伝えてほしいものだ。勉強不足!! 先日世を騒がせたiPS細胞に関わる虚偽報道の主役森口氏の事件にしても、メディアの追求態度には首をかしげざるをえない。この種の人物をおもしろおかしく追求するだけで、肝心の大学の責任については、正確な情報と批判の声がメディアからは伝わってこない。大学の中でなら生き延びられる「変人」「奇人」をおもしろおかしく追い回しているだけではないか。内容をよく検討もせずに共著者として名を連ね、論文を権威ずけたた東京医科歯科大学教授の責任追及はその後どうなっているのか。
 田中の問題提起をこのまま彼女の勇み足として終わらせてはならないと思う。文部科学省と大学の国民への情報開示の制度化、それも明確に大学名を明らかにした情報の開示を求めたい。それが大学問題を国民が議論できる大前提ではないだろうか。(2012年11月25日)

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