『土門拳「昭和のこどもたち」展』に自分の子どもの頃の姿を求めて失望した話

   
IMG.jpg
数週間前のことになるが、デパートで開催されていた『土門拳「昭和のこどもたち」展』を見に出かけた。とっくに終わっている展覧会の批評を書くというのも気の抜けて話なのだが、考え書きかけていたことでもあり、書き上げて公表することにした。
 「昭和」を冠したまがい物の歴史記述が横行している。元号で歴史のある時期を切り取るやり方自体が問題なのだが、書き手が勝手に「昭和」という時代を切り取り始めると、この風潮はとどまるところを知らず蔓延し、偽の歴史を振りまいている。戦後で切り取るなら、日中戦争と太平洋戦争という重要な時期が削除され、昭和史は復興史になってしまう。高度成長から始める輩もいる。要するに「昭和」を冠する仕事の多くは偽りの歴史認識。偽りの国民意識を宣伝するものだと断じてよい。
 土門拳(1909−1990)は、写真によって時代を切り取ることを目指した作家である。のっぺらぼうの昭和史とは区別された時代認識を示してくれるのではないかと、期待して出かけたのだが、残念ながら、その期待は裏切られた。写真は一枚に写し取られた関係は時代を理解させてくれる、あるいは撮影者の態度を理解できる。「昭和」のスケールで並べると、まったく違うものになってしまうことに驚かされる。土門の代表作である『筑豊のこどもたち』(1960年刊行)の写真などもちりばめられていたが、土門の写真に込められた意図はすっかり薄められていた。
 この展覧会のチラシには「こどもの笑顔は時代のエネルギー」とある。こどもが虐げられ利用された時代もあった。今の時代もこどもは自由とはいえないし、こどもに自由がない社会は自由な社会とはいえない。このコピーは時代を総括する表現としては適当ではない。筑豊のこどもたちは、炭鉱閉山の危機の中でも、こどもとして自由に遊び、親たちを支えていたのだ。その意図が当時の人びとを感動させたのだ。
 私のこの展覧会を覗いたのは、土門の写真のなかに自分のこども時代の姿を発見したいためであったが、私のこの願いは満たされなかった。戦前の写真は日中戦争開始の頃や太平洋戦争開始の頃に限られ、私が探す本土決戦をヒステリックに叫んでこどもを締め上げた時代の写真はなかった。土門のこの時期の写真は彼の戦争協力の姿がこの展覧会の意図に沿わないとして展示されなかったのだろうか。戦後の新聞配達や靴磨きをするこどもの写真に戦後の貧しかったが独特の解放感に満たされていた自分のかっての姿を感じさせるものを発見できた。
(2013年12月3日)

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01