ビラ1枚、立て看一枚見当たらない、この静けさをどう理解したらよいのか

 この数週間、時間を見つけて近くの同志社図書館で1943年、1944年の『特高月報』を調べている。私の生まれたまちや近くでの朝鮮人強制連行に関する記述を見つけることが目的なのだが、外の分野の弾圧の記事にも目が止まる。学生時代に書物の上で接した学者たち、大学教師の道に入ってから親しくさせて頂いた学の先輩たちの名前も登場する。
 大阪商大でマルクス主義の文献を読み革命を語ったとして逮捕された上林貞治郎と多くの学生たち、その中心になった人たちは戦後大学教師として活躍した。日本貿易研究所で逮捕された名和統一、内田穣吉、和歌山高商
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の教授だった北川宗蔵、和歌山高商から立教大学に転じた宮川実、宮上一男、細川嘉六、東北大学の服部栄太郎、立野保男、立野は大阪商大事件に連座して逮捕され、戦後精神を患った。東北大学の学生だった後藤嘉七の名も発見した。後藤氏は和歌山で宮川実に学び、その関連も追及されたようだ。後藤氏とは大阪でおつきあいする機会があったが、赤い経営者として思想に晩年まで忠実に生きられた。
 まだたくさん発見したのだが、読み進めていて感じたことがある。生命を賭して自身の学と思想に誠実に生きて検挙され獄死した先輩たちに改めて頭を垂れる。私は彼らの犠牲のうえに戦後、自由の中で生きられたのだとつくづく思うのだ。
 戦後、私たちは大学や論壇に復帰した彼らを畏敬し彼らに私淑した。学とその担い手が持つべき批判的精神が衰えるとき、学問も大学も衰える、学問の自由が衰えればファシズムと全体主義への道を転がり落ちるということを、先輩たちは身をもって示してくれたと思う。
 私はその自由と批判的精神が満ちていた戦後の大学の中で生き、その精神を守り抜くために闘ってきたつもりだ。私はそれがこの国の大学の伝統の中核としてこれからも保持されて行くものと信じていた。ところがどうだろう、治安維持法もない、身体的拘束も投獄もない、それなのに自由への渇望は消滅してしまった。今の大学はその過去に真摯に向き合っているとはいえない。前の戦争への協力、軍事研究を恥じることもなく過去のことと振り捨て、産官学共同に自ら進んで身を捧げている現状が、権力への抵抗を萎えさせ、自治と自由にとって閉塞状況をつくりだしているのではないか。
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 『特高月報』に韓国の国民的詩人、尹東柱の検挙についての記事も発見した。彼は同志社大学文学部在学中にその文学活動が民族主義的だとという理由で検挙され、福岡刑務所で獄死した。むごたらしいことであった。
 図書館を出た。この国のあり方をめぐって厳しい闘争が続いているというのに、学園生活は平穏そのものに見える。ビラ一枚、立て看一枚見当たらない。彼らの未来のためにも闘っているというのにこの静けさはなんと言うべきだろう。この奇妙な静けさはこの大学に止まらない、全国どこででも私のような老いぼれには感じ取られる現象ではないだろうか。それとも、学生たちも教員たちも内に秘めた反抗の精神を内にたぎらせ、表現する方法を模索しているだけなのことなのだろうか。
 帰り道、いつも図書館向かいにある尹東住の詩碑の前に立っ。ここも同志社の自由への渇望の伝統が具現されている場所である。いまこそこの前に立ってその伝統を思い起こしてほしいものだ。(2015.6.11)

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