心地よく書物と過ごせる書店がないものか

P8210658.JPG 丸善京都市店が10年ぶりに河原町通に帰ってくるというこで、オープン初日に出かけてみた。あまり期待せずに出かけてのだが、落胆、絶望した。
 この国は高齢化社会、あるいは超高齢化社会を迎えつつあるという。ところが、まちを歩いてみてもその流れに対策が始まっているとは思われない。脚力が弱り始める高齢者のためにはエスカレーターやエレベーターを増設することが必要なのに、大きな変化が起きているようには思われない。それどころか、段差も相変わらずたくさんある。
 大型書店に足が遠のいて久しい。本を詰め込むだけ詰め込み豊富な在庫を誇示するのが、書店設計の基本思想はそれだけでそれ以上のものではない。詰め込まれた棚から好みの本を発見し取り出すことは視力の弱った私のような高齢者には難しい。発見できたとしても、踏み台、私にとっては利用不可能なほど不安定な踏み台を探し、取り出さなければならない。これは私にとっては、すこし極端な言い方をするが、命がけの行為なのだ。
 こうなると、私はますます大型書店を敬遠するようになり、ネットで書物を購入することになる。たびたび購入すると、ネットの書店はそれにもとずいて私の好みを判断し、次々と購入を推薦してくる。これを煩わしいと見る向きもあるが、私には書店の棚を覗くのと同じだと思っている。
 しかし、実際に書物を手にとって、中身を確認したり、装丁の善し悪しを判定したりする本好きの楽しみはここにはない。是非とも、散歩の時に立ち寄れる心地よく書物と過ごせる居場所を作ってほしいものだ。高齢になって読書量は確実に減少している。しかし、学生時代からの読書の慣習をまだ維持できている私たちの世代は、若者たちの読書量を超えているはずだ。書物が売れない理由はいろいろあるだろう。心地よい書店を作ってほしいものだ。心地よさはは在庫冊数とは関係がないのだ。
 私は時々、かって滞在したヨーロッパ、特にドイツの書店の数々を思い出す。ベルリンの大型書店、大学都市の書店の快適さを懐かしく思い起こす。革張りのソファも用意されていた。好きなだけ棚から引き出して手元に置いて読めた。くたびれたら喫茶室にも持ち込めた。ヨーロッパを旅した本好きならみな体験していることだろうに。(2015.8.29)

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