野坂昭如の死を悼む

 野坂昭如が逝った。85歳だった。
IMG_20151211_0001_0001.jpg 前の戦争の下での個人的体験に忠実に生きようとした人として、私は彼を秘かに尊敬していた。彼はその体験を作品にし、直木賞作家として社会的評価を得て生きてきた。作品は最近映像化され、それも高い評価を得た。
 それらの作品は前の戦争が民衆を想像を超えた悲惨な事態に追い込んだ現実の姿のごく一部、しかも微細な部分を表現しているにすぎないのだが、それが戦争の真実を伝えるものとして、あるいは「戦争体験」そのものとしてとして聖化されていく。
 戦争の下で苦悩した人の数だけ、戦争の姿がある。戦死した兵士たち、徴用船に載って殺された漁民たち、空襲の中を逃げまわった市民、強制連行された朝鮮人や中国人、女性たち、殖民地として支配されたために戦争に巻き込まれた人びと、国外に住んだ日本人の苦難、いくらでも書き続け長い一覧表を作ることができる。戦没兵士だけを「戦没者」として慰霊IMG_20151211_0002_0001.jpgする国家の行事に同調して多くのそれ以外の死を忘却するのはもう止めようではないか。
 私もその一人として自分の戦争を書き始めている。死ぬまでに書き上げたいと努力している。今まで家族にも語らずに沈黙していたのに、いまさら書き始めるとはどういうことなのか。ちっぽけな個人の体験など蹴散らして歪めて戦争への道を突き進む人びとに対抗するにはこの道以外にはないからである。不都合なことは強引になかったことにする、無視する、見せないようにすることに対抗するには、書いておかなければならないのだ。
 そかし、書くことによってすべてを表しつくすことは出来ない。悲しみや憎しみ、家族への不信や猜疑、自分自身への今に引きつがれている後ろめたさを書き記すことなどは到底出来はしないのだ。ところが表現されたものによってそれらの行為が美化されてよく。それが映像化されアニメにでもなったりすると、もうたまらなく美しすぎる。
IMG_20151211_0003_0001.jpg 今年、野坂の童話集が黒田征太郎の絵を添えて刊行された。これもあまりに美しすぎる。戦争の下での個人体験に触発されたものではあっても、野坂が現実に体験した心情とは違ったものであったろう。だから、この書物の「あとがき」で彼が次のように書くとき、私はこころから同感するのだ。
 「戦争を文字で伝えることなど、とてもかなわない。殺し合い、憎しみ合う人間の営み。火の雨をくぐり抜けた、植えた、肉親の非業の死。その経験が悲惨なほど、生き残った者の思いは複雑。どんなに文章が上手な人であっても、並んだ文字だけでは表現し得ない。ぼくはそれでも戦争にまつわる何やかやを書いてきた。」
 何故書いたのか。
 「日本人はいつの間にかあの戦争がなかったことのようにしてしまった。戦後というが、今もなお戦争は続いている。戦争は、気がついた時には、すでに始まっているものだ。」(野坂昭如/原作、黒田征太郎/画『戦争童話集ー忘れてはイケナイ物語りー 小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話』世界文化社、2015年8月、254-55ページ)
 野坂の著作は、そこに潜められている生き様と共に読み継がれてほしい。
(2015.12.13)

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