年あらたまってー自作の正月料理がまずかったことー

 いつの頃からだろうか、新年を迎えることに特段の思い入れがなくなってきた。子どもの頃には、新年を迎えることは家族全体で取り組む神事であり、正月の行事はすべて慣習的に定まったものであった。学者という無国籍者として長い流浪の旅のなかで、私はその慣習のほとんどを忘れてしまうか、振り捨ててしまったようだ。カレンダーを掛け替え、日記帳を新しくし、「正月料理」「おせち料理」という名の季節料理をこしらえるだけのことで、その仕事もすっかり緊張感のかけらもないものに変わってしまった。
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 今年も例年のように、年末に錦市場に食材を買いに出かけた。錦市場はすっかり様変わりしてしまっている。観光客に占領され、地元の人が利用する市場という雰囲気はもはやない。私が毎年棒鱈と数の子を仕入れる「山市」さんだけは雰囲気も変らず営業しているのはうれしいことだ。
 この店で食材を買い始めた頃、年の瀬に決まって高価な鯨のコロを買い求める紳士をお見かけした。この数年見かけることがないのだが、私同様、正月の料理は女房に任せず自分で作るという強い思い入れとこだわりを頑なにまもり続けておられた人だったのだろう。最近はお見かけしなくなった。名前もお住まいも知らない人だ。だが考えてみれば、私も今ではあの紳士と同じくらいの年齢になり、自分の好みと味を追求している。
 棒鱈と海老芋を炊くという料理も、数の子も私の郷愁の所産である。この料理へのこだわりの底辺にあるものは、話せば長くなるから、ここでは遠慮しておこう。北海道の北ではえ縄漁で獲られる真鱈が関西でこのような料理に使われているとはまったく知らなかった。真鱈の本身は寒風にさらされて棒鱈に変貌し、地元の私たちは水産加工場から頂戴する鱈の頭やたらこ、白子などの臓物をもっぱら食していた。今考えると、こちらのほうが旨かった。
 水の付けて戻した棒鱈を適当な大きさに切ってもらい、これに京都産の海老芋をあわせて自分流の味で炊く、北国と京都が出会った、私にふさわしい料理と勝手に理屈をつけている。この料理が炊きあがって、これをさかなに杯を傾ける日が、私にとっての新年である。今年は12月30日だった。
 今年の味付けには大いに不満が残った。この数年、味付けが陳腐過ぎると感じていたが、今年はとくにそのことを痛感させられた。
 今年の正月は、風邪と右腕の神経痛の悪化をおそれて寝室にこもりっぱなし、文字通りの寝正月になった。布団の中でつくづく考えた。まだ長く生きてゆくためには、生活に刺激を与えてくれる刺激や工夫が必要ではないか、食するというもっとも根源的な営みも変えていかねばならないのではないかと。(2016.1.25)

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