流氷接岸の知らせに思う

 網走に流氷が接岸したと言うニュースをなつかしさの思いに満たされながら聞いた。アムール川に発する流氷は巨大な帯となってオホーツク海を南下し、樺太を包み込み、網走の海岸に接岸したあと、知床半島をかわして根室海峡に入り、南千島を包みこんで私の生まれ育ったまちに2月中下旬頃にに到達する。おそらく国後島まで氷に埋め尽くされる。この壮大な自然の営みに、いつも感動したものだった。
 接岸して数日もすると、湾内の流氷は凍り付き、大きな氷原が誕生する。氷を渡る吹雪の冷たさは例えようがない。「身を切るような」と言う表現ではとても尽くしているとは言えない。しかし楽しみは多い。学校側の制止にもかかわらず、氷原で遊び回ることだ。厚い氷に穴を開けての氷下魚(コマイ)釣りも忘れられない。敗戦の年の冬はことのほか豊漁だったことを思いだす。流氷が消え去った後になお岸にのこる氷の美しさは例えようがない。それを実感するときがこの地の遅い春の到来である。
 そうはいっても、この地域で生きていくためには、自然の営みははあまりに厳しいものだった。沖の流氷は接岸を繰り返しながら、納沙布岬を回り込み太平洋で溶けさる。しかし湾内の結氷は3月いっぱいどころか4月に入ってもびくともせず、舟の往来は途絶えたままであった。当然経済活動も停滞し、まちは静まりかえっていた。とくに千島列島は海上交通の途絶により食糧、燃料を含む生活必需品の輸送がなくなると、絶えず飢餓の危機にさらされることになった。
 この地域は「固有の領土」と主張されるが、冬が長く厳しくので、通常の日本人の衣食住の水準には合わず、容易に維持できなかった。殖民によって領有の実態をつくろうという政府の試みは、漁民と漁業経営のいくらかの定着はあったが、基本的に失敗に終わった。郡司成忠が組織した報効義会による1983年の北千島占守島進出などはそのよい例であった。進出に不可欠な海図も航路標識も整備されておらず、手探りの文字通り冒険的な試みであったという。
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  前の戦争では、大本営も作戦を担当した北部方面軍司令部もこの地域の情報を持っていなかったという。作戦の責任を持つ方面軍は、北海道も千島列島も「本土」防衛の捨て石と考えていた。その作戦実態を知れば知るほど、「固有の領土」という主張がいかに根拠のないものかがよくわかる。
 この流氷帯の流れに象徴的に示されるように、この地域は文化的にも経済的にも一体の地域であった。その主役はアイヌを初めとする先住民であった。その一体性は帝政ロシアの南下と日本の領有のせめぎ合いの中で破壊されてしまった。両者によるこの地域の取った取られたと言うせめぎ合いは、連合国の勝利によってロシアの領有に帰したのである。スラブナショナリズムが紅葉する中で「固有の領土」論は実に弱々しく響く。到底太刀打ちはできないだろう。
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 この地域の領有をめぐる紛争はナショナリズムの激突によっては解決できないだろう。かってこの地域が先住民たちによって結ばれた地域であることが思い起こされ、EUがその内部の領有をめぐる対立を統合ヨーロッパの理念を思い起こして解決したように、この地域がかっての一体性を支えた体験を理念化することによって解決されることを私は夢想する。
 それは時間のかかることだが、考えてみる値打ちのあることではないか。最近私は、流氷接岸の知らせを聞くたびにそのように思うのである。歌声運動が高揚していた学生時代に歌ったロシアの歌を思い出す。「アムール川の波」(あるいは「アムール川のさざなみ」)という題のこの歌はこの川の悠久の流れをうたい歌い上げて心を揺する。氷の流れについては歌っていない。しかし私は勝手にこの流れに流氷をつないで、その「悠久」の広がりの意味をいつもかみしめている。
 
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 最後になってしまったが、私の生まれた育ったまちの冬景色を紹介しておこう。私が収集した古い絵葉書で、今書いている「私の戦争」の資料にと思い収集しているもので、新しい写真ではない。現在の港の変貌ぶりは昔を知り、そこに郷愁を感じている私にとっては無残と言うほかない。その一隅に私の家があった柳田埋立地の赤レンガ倉庫、海岸を埋めつくした倉庫群などは戦争と戦後の漁港開発によってとっくに失われている。ただのさびれた漁港になってしまった。
 でも湾内結氷の様子は変わっていないと思う。最初の2枚は、おそらく1920年前後の撮影のものと思われる。1925年に完成した弁天島から西に延びる防波堤と燈台が写っていないからだ。1枚目は柳田埋立地の赤煉瓦倉庫群、石積みの波止場を写したもの、2枚目はそれを背景にした氷下魚漁の様子を写したものだ。3枚目は港の天然の防波堤をなしている弁天島から写したもので、これは私が生まれた頃の写真かも知れない。 (2017.2.16)

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