地獄絵ー現代の地獄を考えるー

 子どもの頃住んでた家の仏間には電気も引かれておらず、昼でも隣の部屋の窓からの明かりがさすだけでいつも薄暗かった。私の家は熱心な東本願寺の門徒で、仏壇はそれほど大きなものではないが、きれいに磨かれて金色に輝いていた。毎日家族全員がその前に座り、父の読経にあわせて南無阿弥陀仏と唱えていたものだった。引き出しに極彩色の地獄絵があった。親たちに叱責されるときにはいつも仏壇の前に座らされ、地獄絵を示されて諭されたような気がする。怖かった。
 このことを突然思い出したのは十数年前の台湾旅行のときだった。今は観光名所として賑わっている九ふんである寺院を訪ねた時だった。極彩色の閻魔大王に遭遇したとき突然あの子どもの頃の地獄絵を示されたときの戦慄が身体に走った気がした気がしたのである。不思議な体験だった。
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 あの時に見せられた地獄絵はどのようなものだったのか、今でも知りたいと思っている。そのような思いを持って龍谷ミュージアムで開催されている『地獄絵ワンダーランド』に出かけた。この種の展覧会にしては若者たちがたくさん見にきたいた。マンガ風に宣伝し、漫画家水木しげるの作品も展示されたことの影響もさるのだろう。
 あまりに多い展示物を凝視するのにくたびれながら、少々違和感を覚えた。明るすぎるのだ。かって子どもの頃、漆黒の闇に怯え、灯明の揺らぎの中に敬虔さと怖れを感じ取っていたのに、近代文明が作り出した電気の照明は、そのような宗教的感情の背景をさらけ出してしまった。私の怖れた地獄はこの展示に見いだすことはできなかった。
 天台宗の僧源信が平安中期に著した『往生要集』が地獄思想の最初の体系化だとされる。彼はこの書を著すにあたって彼の生きた時代
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のうちにどうような「末法」「末世」を感じ取っていたのだろうか。飢餓や疫病の流行の背景には気候変動、自然災害、環境破壊の深刻な実態があったに違いない。関心があるところだ。
 水木が妖怪の世界を描き、地獄を描いたのには、明らかに彼の戦争体験がある。「戦争体験」といえばあまりに薄っぺらな表現になるが、彼自身が南の島で生き地獄を体験し、身体の一部を失った。妖怪の群れは、私には南の島で死にいまなお怨霊として漂い続ける姿としか思えないのだ。
 よく考えてみれば、私が地獄絵に惹かれるのも、あの紅蓮地獄の色に惹かれるのも、1945年7月15日に私の前に立ちはだかったあの巨大な炎の柱を想起させるからであろう。その後もわたしは巨大な炎に遭遇した。そしてその時いつも、戦争を煽りその責任をとらなかった連中に「地獄に落ちろ」と怒声を浴びせたいのだ。
 現代はまさに生き地獄を体験しつつある時代ではないのだろうか。地獄絵は決して過去の遺物ではない。地獄の実態は今では暗闇で目をこらさなくとも誰にでも見える。現代の地獄絵を描くことは簡単だ。絵解きも誰にでもできる。気候変動による自然災害が生み出す地獄、福島の地獄は言うまでもなく、世界的規模で貧困と抑圧から這い上がることができずあがいている人びとをみたらよい。
 少数者が安楽に暮らすことだけのために臆面もなく仕事をする連中が増えている。彼らに怒声を浴びせたい。「地獄に落ちろ」と。(2017.10.26)

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