『The Lady アウンサンスーチーーひき裂かれた愛ー』ー混沌の渦の中心から私たちに何を語るのかー

  この映画を見たいと思ったのは、監督のリュック・ベッソンの作品に惹かれているからではない。アウンサンスーチーさんに対する私の個人的関心の高まりのためである。彼女に関するものは可能な限り読んでみたいと思っている。ミーハー的な追っかけをやっているつもりはではない。ミャンマー(ビルマ)は21世紀地球経済の焦点の一つであることは間違いない。その渦中にあって、その一方の側の指導者として彼女がどのような理念と構想の持ち主なのか、この急速に変貌する歴史過程に突入し始めた国の急速な変動にどのように関わっていくのか、映画を通じてでも情報を得たいと思ったからである。
 イギリスで教育を受け、イギリス人と結婚した女性が、この国の伝説的英雄の娘であるにしても、まったく異質の文化と伝統の国を変革する仕事を指導できるのか、別の人格を必要とする仕事ではないのだろうか。指導者に押し上げられた内面的な理念は何だったのだろう。映画の中でガンジーの著作を読みふける姿が映し出される。彼女の非暴力主義の主張は明らかにガンジーに由来する。彼女と同様に、私も現代の危機を克服してゆくための理念の一つをガンジーに求めたいと考えている。
 ミャンマー(ビルマ)の人口は約6千万人といい、インドに比べれば小国である。しかしその人種構成はインド以上に複雑なように思われる。人口の3分の2がビルマ族、残り3分の1が100をはるかに超える民族から構成されている国で、民族の同権をどのように保証するか、多数の言語と習俗、宗教を相互に尊重する体制がこの複雑な国でどのように実現されるのだろうか。アウンサンスーチーも運動を開始するにあたって少数民族の問題を重視していることが映画の中でも示されている。
 ガンジーは多民族を束ねて統一国家を作ろうとして失敗し、暗殺された。この問題はガンジーの時代よりも解決ははるかに困難である。国境を開いて「経済開発」に着手するや、民族、人種間の格差が確実に拡大する。少数民族の地域は資源開発の対象になってその生活権は侵害される。中国のチベット自治区、新疆ウィグル自治区の例を待つまでなく、資源の確保のために民族的権利は公然と蹂躙される。少数者の権利をまもると言うことは、現代ではきわめて困難な仕事と言わなければならない。 膨大な利権を独占してきた軍部が身分たちを上手にブルジョア化していける気概と能力があるなら、クーデターも起こらず平和的な移行も可能になる。この国の独裁者たちにはたしてそのことが出来るのだろうか。
 さて、いったいどうなるのか。アウンサンスーチーさんと一緒に考えていきたいと思う。
 最後に肝心の映画についても少し触れておこう。主演のミシェル・ヨーはこれまでアクションドラマで活躍した人で、ボンドガールにもなったし、「グリーンディスティニー」でも主役を演じている。この映画で新しい境地を開拓したと思う。デモする僧侶たちに髪に花飾りをつけた彼女が蓮の花を献花するラストシーンはあまりに美しく、ミシェル・ヨーも一番輝いていたシーンだった。
 それにしても、すぐれた映画が数日しか上映されないという状況はなんとか改善されないものか。(2012年8月8日)

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